チェチェン総合情報
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お礼
チェチェン青年の移動にご協力くださった皆様

 このたびは急な呼びかけにもかかわらず、チェチェンの青年たちのためにカンパをお寄せいただき、ありがとうございました。6月14日に、歓送会を行いましたので、その様子をお伝えしたいと思います。

(写真01)

 お寺をお借りしたので、なんとなく法事のあとの宴を思わせますが、ご覧のとおり盛会でした。中央に日本山の寺沢潤世上人、向かって左に僕、その隣にジャーナリストの林克明さん。チェチェン青年は、寺沢さんの右側2人目のワッハと、その右でマイペースにカレーを食べているイスラムです。ワッハは18歳、イスラムは20歳。写真には彼らを励ますために訪れた翻訳家、ライター、NGO関係者、研究者の方々が写っています。あまり気にとめていませんでしたが、こうして見てみると、同じ問題に心を砕いている人びとが集まっていることがなんとなくわかる、いい表情の写真です。

 挨拶で寺沢さんが話されたのですが、青年たちは日本にいる間、沈みがちだったそうです。彼らはごくわずかしか教育を受けておらず(ワッハの場合は、生まれてから94年までの間、8歳までしか教育を受けていないようです)、寺沢さんの見るところ、目標を抱くことができていない。逆に日本のような、見たところ平和で、完成された社会を前に、無力感に打ちのめされてしまっているようでした。

(写真02)

 イスラムは故意に顔を隠していたのかもしれません。彼らは16日の朝に成田を飛び立ったのですが、帰る先はモスクワです。チェチェン人も多く住んでいるとはいえ、やはり日本から帰るのは勇気がいるはずです。無事を祈るばかりです。何か報せがあれば続報します。

 帰り際、お寺の前で集合写真を撮りました。イスラムも写っていますが、解像度が低いのでこの写真は公開しても大丈夫でしょう。中央にあるのはチェチェン独立派の国旗で、ある日本の支援者が特注したものです。日本で目にするとは思いもしなかったのでしょう。喜んでいました。

(写真03)

 寺沢さんは言います。「この若者たちを連れて歩いている間に思いました。本当の和平とは、復興とは、政治の上でもたらされるものではなく、彼らのような教育を受けられなかった者に教育の機会を与え、絶望させず、軍事組織のなかに埋没させないことではないかと。2ヶ月間の中央アジア−中国−朝鮮の平和行進と、もう2ヶ月の日本滞在を通して、少しでも彼らに外の世界を見せてやりたいと思ってきました。つまらないことのようかもしれませんが、それがどこかで行き詰まったときに役に立つと思っています」

 このあと、寺沢さんは18日に日本を出発し、海路中国に入り、天津から韓国、北朝鮮の金剛山。そして中国から、中央アジアへ。中央アジアの国々の旧KGB組織はロシアとの関係を再び深めているのか、寺沢さんの入国ビザが降りない国が増えています。その後数年の目標としては、イスラムやワッハのような若者や、東欧圏に脱出したチェチェン難民たちのネットワークを作り、新しい平和運動を始めたいとのことでした。

 はなはだ不十分ではありますが、右、報告いたします。みなさまから物心両面でご支援をいただきましたこと、僭越ですが寺沢さんに代わり、お礼申し上げます。今後ともご支援のほど、お願い申し上げます。(2004.06.17 大富亮記)