チェチェン総合情報
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チェチェン報道の現在/各紙論説を短評 その1

まず、最近の朝日新聞の社説を短評します。

「チェチェン――この流血を見過ごすな」(2003.08.19 朝日新聞)

チェチェン紛争は、ロシアによる掃討が終わるどころか、イスラム過激派によるテロが激しさを増している。最近のテロの増加は独立をめざす武装勢力の孤立を示す。過激派の台頭により無差別テロ、誘拐、麻薬や武器密輸が横行しているのは紛れもない事実。また、独立派への弾圧で多くの男性が拘束され、あるいは行方不明になったままだ。ロシア側は政治的な正常化を図ろうとしているようだが早計に過ぎる。ロシアは人権侵害と過剰な武力行使を止め、他方独立派は無差別テロを完全に放棄し、過激派と絶縁するべきだ。そして、独立派を含むチェチェン側とロシア政府が和平を話し合うべきである。(抄)

原文: http://www.asahi.com/paper/editorial20030819.html

結論は別として、途中過程に破綻が多く、かえってチェチェンについての誤解を広めかねない議論だという気がします。まず、「過激派による無差別テロの増加」が、なぜ独立派全体の孤立を示すのかが、わかりにくい。たとえば、「無差別テロ」が増えているということは、それだけチェチェンへの弾圧が強まり、抵抗の手段を選ばないくらい追い詰められていることを示す、と考えた方が、まだ妥当です。「多くの男性が拘束され、行方不明になっている」のは、武装した狭義の独立派に対するものだけではなく、チェチェン人々全般に対する攻撃だからこそ、問題なのです。90年代以来、10万人以上の犠牲が出ていることを、社説はあいまいにしています。

「紛れもない事実」と朝日新聞が断言しているチェチェンによる「無差別テロ」とは、けっして確実な事実ではありません。昨年、モスクワの劇場を占拠したゲリラの中に、ロシア側特務機関員がいたという報道は、ロシア人記者ポリトコフスカヤによって世界中に伝えられています。また、軍事侵攻に対する抵抗運動が、国外から武器を買うのを「密輸」として非難することは、(ロシア政府の立場でもなければ)普通できません。あえてする場合には、軍事侵攻をした側(この場合はロシア)への、より強い批判が前提となります。ひょっとすると「密輸」とは、規律の乱れたロシア軍が武器を売っている現実を指しているのかもしれませんが、それを「過激派」の責任にするのは理解に苦しみます。誘拐が最近になって増えた事実は確認できず、少なくともベレゾフスキーが「1500人以上の人質を解放した」と豪語していた98年ごろに比べ増えているとは思えません。

さて、最大の問題点は、ロシア政府は「過剰な武力行使を止め」るべきという提案です。裏を返すと、適度な武力行使は構わないことになります。どの紛争であれ、交渉と妥協で解決されるのが望ましいはずですが、91年にチェチェンが独立宣言した直後から、エリツィン大統領は軽率にも数回にわたって軍部隊を送り込みました。チェチェン側に侵略的意図はなかった以上、ロシア側が腰を据えて交渉していれば、「紛争」が10年も続く「戦争」にエスカレートしなかった可能性は高い。この社説がチェチェン紛争を91年の当初から捉えていれば、適切な武力行使という議論は、成り立ちません。成り立つとしたら、ある地域の独立運動を、中央政府が「適度な」軍事力で抑えることが許されることになり、人々の発意を力ずくで葬るシステムを肯定する結論になります。これは、チェチェンで90年代から続いている現実への追認と言えます。

ここまでの論理が、ロシア政府の行為を事実上正当化していることには賛成できませんが、抵抗運動と無差別なテロを峻別した上で、独立派を含む和平を提案している結びについては、同感です。こういう穏健な考え方が国際世論に正しく理解されれば、独立派のマスハドフ大統領の、交渉相手としての権威は強化され、状況の平和的な変更につながるでしょう。式は間違っているのに、答は合っている不思議な答案に行き当たったような気分です。

(2003.08.22 大富亮/チェチェンニュース)

参考: 最近「婦人の友」誌に掲載された法政大学の下斗米伸夫氏による解説記事「チェチェン紛争の現在」にの内容について、ChechenWatch編集人の渡辺千明氏が「下斗米伸夫先生への10の質問」として、疑問点をまとめています。

下斗米伸夫先生への10の質問:
http://groups.msn.com/ChechenWatch/page29.msnw?action=get_message&mview=1&ID_Message=1101