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チェチェンニュース
Vol.01 No.04 2001.05.05

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■5年たって悲劇は繰り返される

週刊新聞オプシャヤ・ガジェータNo39 1999年9月30日号より

<記事について>ロシアでは圧倒的多数の人がチェチェン攻撃を支持し、熱に浮かされたような状況になっている。そのなかで、週刊新聞『オプシャヤ・ガジェータ』は、戦争を批判する記事を掲載している。

とくにこの「5年たって悲劇は繰り返される」は、第二次チェチェン戦争が勃発して間もない99年9月30日に掲載されたので、狂信的な世論に抗して書かれたといっていい。プーチン政権と世論に迎合する情けない文化人、芸術家が多いロシアのなかでは稀有のものだ。つまり、今のロシアでは、ほんもののインテリが否かを判別するには、チェチェン問題(実はロシア問題)に対する態度をみればいい。ついでながら、日本でもロシアの権力に迎合する人たちがいるが、こういう人にも読んでいただきたい。(林克明・ジャーナリスト)

●世論が爆弾発射装置のボタンを押す

実際、「奴ら」を「肥溜め」に「ぶち込んで」やることができるのだ。「問題解決の値段」はあの時と同じく、たった数千人分の命だ。ロケット砲を次々打ち込んでチェチェンを焼き尽くしている一方で、ほとんど誰ひとり、5年前のチェチェン攻略で何人の死者が出たのか正確な数字が我が国では出ていないということをいぶかしく思わない。5万人から10万人では桁違いだ。一時身の毛がよだっていたのに我々は驚きさえしなくなった。その上、世論がこんにちではロシア空軍と一緒に爆弾発射装置のボタンを押しているのだ。今日世論は、体制の側に、その愚鈍な、鈍重な暴力の側についている。その政権の哲学は単純だがそれでも始終自分でつまずきそうになっている。奴ら全員を撲滅すればそれで秩序がおとずれる、と。しかし、流血の上に建っていられるのはスパース教会だけだ。民主的かつ人道的な国家は血の上には成り立ち得ない。

●三度目の悲劇

またもや卑しめられた真実のことを語らざるを得ない。なぜならロシアはこの20年間で3度目になる災いへの道を歩き出そうとしているからだ:アフガニスタン、チェチェン、そしてまたもやチェチェン…と。正義に反した戦争の刻印を押された第三世代が既に育っていくのを我々は眼にしていることを認めるのを恐れている。

このことを既に「オプシャヤ・ガジェータ」はあのグローズヌイ総攻撃の出口のない悪夢の様な悲劇的な日々に警告していた。街には野良犬に食い散らされたロシア兵の死体がそこ個々に転がっていた。当時この新聞は「ボリス・エリツインは法に対して、人々に対して、歴史に対して罪がある」と書いていた。しかし、5年経った今も誰も何に対しても誰に対しても罪はなく、大統領が指名したその後継者は人気を稼ぎ収容所的な「肥溜めにぶち込む、ばらす」という言い方を使いこなしている。首相のこのような生き方に習ってチェチェン、いやチェチェンの民衆と話を付けようとしているのが「親分さん方」だ。ちなみに民衆を的に回して勝利することは不可能だ。

(NATOのユーゴでの行動で混乱しないで欲しい)民衆を最後の一人まで追い出す、つまり「ばらす」ことができるだけだ。

「民衆を敵に回した戦争に終わりも、勝利もあり得ない」という言葉を味わって欲しい。これは1995年の1月12日に「オプシャヤ・ガジェータ」にのったアナトーリー・プリスタフキンの言葉だ。「チェチェン人の最後の一人まで」戦い抜こうという理性をマヒさせるような訴えや、今日の状況についてプリスタフキンはどう考えているのだろうか?

●5年前と何も変わっていない

プリスタフキンは言う。「最近、床屋に行った。いつもわたしの髪を刈ってくれる可愛いお嬢さんだ。その彼女がこう訊いた。『アナトーリー・イグナチエヴィチ、どういうことなんでしょう?どうして奴らはこちらを殺そうとするの?』『ガーリャ、こっちは殺していないとでも?』『でも、今回は奴らがかかってきたのよ!』『ガーリャ、5年前にこちらが襲いかかった後、戦うこと以外は何もできない世代が育ってしまったんだよ』5年前のチェチェン戦争のことを書いた日記を読み返してみる。何も変わっていない!飛行士は公然とピンポイント爆撃について宣言している。ピンポイント爆撃なんて冗談好きが考えついた語呂合わせだろう。実際に起こるのは住宅街への爆撃であり、いくつもの住居にたいする爆撃なのだから。

イングーシとの国境に溢れている難民がどこから来たというのか?機銃掃射を浴びせられて逃げてきた人たちだ。またもや民族全体が爆弾を逃れて逃げている。どれをとってピンポイントというのか教えて欲しいものだ。軍人自身がそんなものを信じてはいない。そしてあのときと同じく、幼稚園や孤児院、少年院が空に飛び散っている。

我々の行く手にあるのは何か?その住民達を撲滅し、それから彼らがこちらの住民達を殲滅する。その表面に立つのは、戦争でさえあれば必ず配当を受ける政治家、「金袋」将軍達だ。そして、この殺戮の終わりに(そういうものがあればだが)大統領は熱い涙を拭いながら「ああ、我々はずいぶんひどい過ちを犯した」と言うのだろう。

それはもう前もって分かっている。

もし戦車で秩序をうち立てるなら我々の国に不幸が訪れるのは不可避だ。彼らの残酷さが我々のそれに対する報復だというのに、今我々は彼らに残酷さに報復しようとしているのだ」

●ナチスと現在のロシア

1995年の1月にロシア人文大学のユーリー・アファナーシエフは本紙に書いている。

「ロシアを民主的な方法で改革する事ができないなら当然力に頼りたくなるだろう。これが今チェチェンで起こっていることの原因の一つだ。今こうして血が流されている時、なぜ我々はいつもより望ましくない方を選択することになるのだろうかと考えてみる必要がある」今もアファナーシエフは我が国が極めて困難な試練を迎えていると考えている。

「今のロシアの現実は空恐ろしい状況だ。体制は国民の大多数のために行動するかわりに、その大多数に敵対する力になりつつある。ナチスのファシズムでさえ国民の大半の利害に敵対する行動はとらなかった。恐ろしい体制だったがこれほどの規模で自国民に敵対するところまでは行かなかった。現在の状況は5年前には想像もできなかったほど社会に敵対している」

こういうコンテクストでチェチェン問題を見るべきだ。一見共通の敵に対する団結のようにみえる。チェチェン人たちが住宅を爆破し、眠っている人々を撲滅しているように見える。「テロリスト」という言葉が響く。そして、それは実際バサーエフやハタブという形を成している。こうなったら彼らを肉体的に抹殺するところまで行き着くしかない。しかしそれでもやはり私は「しかし」と声を大にしたい。

チェチェン問題は我々の共通の不幸なのだ。チェチェン人とロシア人どちらにとっても同じ程度の不幸だ。我々は皆今チェチェンで起きていることに対して、この紛争の存在にたいする責任を逃れようともがいている。しかも、プーチンは5年前にあったことを忘れるように、「チェチェン症候群」から立ち直れと呼びかけている。政治的な決断力をアピールし、ロシアの国民はそれをなつかしく思っている。しかし、その決断力とは敵の殲滅、チェチェンの殲滅に向けられているのだ。

恐ろしいことだ。例えばヒットラーはドイツ人の傷つけられた民族意識の高揚にのって政権についた。ドイツ人が渇望していた敵として主要な敵はユダヤ人とした。我々も今武装勢力の殲滅という理念で国民意識を団結させようとしている、数千人のチェチェン人をころしてしまったら、それはもう大変な不幸なのに…チェチェンで起きていることに対する我々の共同責任のことは一言も訊かれない。ドイツ人がユダヤ人を見たような眼をチェチェンに向け始めている。ここで立ち止まることはできなくなる。独裁主義の到来の危険性どころかそれを排除するつもりでいながらそのより厳しい形に至ってしまった。

●非合法なロシアの軍事行動

5年ほど前の私たちはあまりにも無邪気になんでもいいから何か合法的な(これは強調しておかなければならない)侵攻の根拠を捜そうと必死で、政府の行動を国の基本法という拡大鏡を通して見たのだった。当時起きている状況の合法性審査をエキスパートに求めた。上院の憲法、司法問題委員会の議長のイッサ・コストエフ(現在のロシア連邦検察庁長官)の判断は次のようなものだ。

「チェチェンが連邦構成員としての主体であるならチェチェンに対する軍事行動は憲法その他の法律に違反する。何故なら国防法は国内に対して軍事力を使ってはならないと定めているからだ…」「戦争の後には出口のない大きな悲劇が始まるだろう。ロシアの連邦構成主体?復讐心に燃えた、憤りにふるえる主体。敵の出現だ。今日の政治家たちは退場していっても悲劇は残る。民族政策の大失策だ」イッサ・コストエフの立場は5年たっても変わっていない。

「もっとも辛いことは、1995年の1月の状況の法的な評価に付け加えることは何も無いと言うことだ。まったく完全に同じことしか言えない。さらに悪いことにはロシアは「平和」の時期になにもしなかったために敵を身近に抱え込んだ。ハサブユルト合意は戦争を止めさせたが(そしてそれだけが唯一の意義だった)チェチェンのステータスの問題は2001年に先送りしただけで、2001年になったらこの問題が解決済みになっているというわけではなかった。我々自身がチェチェン共和国を放置して武装集団のメッカになるに任せ、外国(サウジアラビア、パキスタン)からの干渉の道を開いたのだ」

最近、マチヴィエンコ副首相はイチケリヤの住民の年金支払いは中止されると宣言した。いったい何の権利で払ってきたのか?どういう権利で中止したのか?またもやある共和国の民族がまるごと法的な保護を受けられなくなるのだ。文化的な平和な方法で紛争を解決することは我々向きでないというわけだ。

●われわれの義務は危険を警告すること

法の崩壊(カタストロフ)、これが今北コーカサスで起きている状況、いやロシア全体で起きている状況だ。

いやそれでも我々は当時信じていたし、今も信じている。しかし、それだけでは足りない。われわれの義務は危険を警告すること。ジャーナリストはそれ以外の武器を持たないのだ。従ってこの文章をアヴレイ・ファージン(彼の霊世安らかに)のオプシャヤ・ガジェータの記事を引用して終わることにする。

「グラチョフ(元国防相)のやりかたが最後まで遂行されたなら(今ならさしずめプーチンのやり方が通るなら)現在の国内の状況は違ったものになっていただろう。

しかし歴史は理屈通りではない。むしろコーカサスの小さな民族の悪夢によってこそロシア全体が悪臭紛々たる「憲法に支配された秩序の支配наведениеконституционного порядка」への転落から救われている。

読み書きもろくにできない羊飼いのアフメードや運転手のムラドの決死の覚悟のおかげで我々はなんの心配もなしに自らの将来を考える自由を得ているのだ。

これをアフメードやムラドがやれたのはサーシャやジーマを傷つけ殺害して初めてできたことを忘れてはならない。こうしたロシアの少年たちはその死をもって「戦争の党」が我々のために計画した将来の実現を先送りしてくれたのだ。」・・・そして今、その「将来」が戻ってきている。それは実現を阻止すべきだ。

ヴィターリー・ヤロシェフスキー(翻訳:三浦みどり)

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