ニュース 



チェチェンニュース
Vol.01 No.12 2001.07.17

ニュース目次へ
<-前号 次号->

■ロシアによる過酷な掃討作戦により、チェチェンからの難民が増加

 ヒューマンライツ・ウォッチ(HRW)が報告(7月6日、HRW)

●チェチェン全土で数千人規模の不当逮捕

7月6日、ヒューマンライツ・ウォッチ(以下HRW)は、ロシア連邦軍が数百人から数千人におよぶチェチェンの民間人に対する不当逮捕を行っていると発表した。いくつかの村の目撃者たちは、被逮捕者への拷問、虐待、略奪などを証言している。

目撃者によると、少なくとも、セルノボツクとアルハン-カラの二つの村で、ロシア軍はパスポートなどのチェックもせずに村人たちを拘束した。7月3日のセルノボツクにおける掃討作戦は、前日の爆弾事件の直後に行われ、数百人の男性が逮捕された。アルハン=カラでの掃討作戦は、レジスタンスのリーダーの一人、アルビ・バラーエフの逮捕を目的として、6月19-25日の間に実行された。

「空前の規模の不当逮捕です。このような大規模で恣意的な虐待は絶対に認められません」と、HRWのヨーロッパ/中央アジア部門の責任者、エリザベス・アンダーセンは語っている。

HRWの調査では、掃討作戦はここ10日間にアシノフスカヤ、クチャロイ、マイアトプ、スタール-イアタギ、ほかにグロズヌイの二つの地区で行われた。多くのチェチェン人は同様の事件が他の村でも起こることを恐れている。

●イングーシ共和国への難民流出が大幅に増加

セルノボツクとアシノフスカヤでの新しい掃討作戦は、住民のイングーシ共和国への流出と、難民化を促す圧力になっている。HRWの調査員は、チェチェンとイングーシの国境付近のキャンプでの難民数の大幅な増加を報告している。多くの難民たちはセルノボツクから来ており、3日の夜にイングーシへの国境を越えてきた。彼らは4日にも行われるかもしれない、さらなる掃討作戦を恐れて避難してきたと話している。

今のところ、彼らがイングーシに留まるのか、あるいはセルノボツクでの掃討がひとまず終われば戻るのかは明らかではない。HRWは、彼等がイングーシに留まった場合、イングーシ当局との間に軋轢が生じかねないことを懸念している。ロシア政府は、今年の4月1日をもって、新しい難民の入国を停止せよとの命令を出しているからである。

5日、セルノボツクとアシノフスカヤの村長は「苛酷で理不尽な掃討作戦」への抗議のために辞任した。同様の理由により、クチャロイ地区の首長も辞任を決めた。

●「テロリスト掃討作戦」の実態

セルノボツク村での掃討作戦は7月2日の早朝に開始された。その前日にロシア連邦軍の兵士数人が殺されたことへの、明らかな報復だった。"A"という女性教師がHRWに語ったところでは、前の晩、戦車が村に入ってくる音が聞こえ、そして朝6時にはヘリコプターから特殊部隊が降下してきた。10時に、部隊は家々の捜索を始め、発見した男性たちを次々に連行した。Aの19歳の甥と、14歳から15歳の生徒たちのうち、少なくとも2人が拘束された。被逮捕者はすべて、セルノボツク村の外に連れていかれた。

数人の目撃者によれば、逮捕された村人の多くは拷問、虐待を受けた。Aの19歳の甥は拘束中に殴打された。釈放された後で確かめたところでは、「目の回りを真っ黒にして、胴体と脚に大きなあざを作っていた」という。甥が彼女に語ったところでは、そのあざは電気ショックの拷問でできたという。

"R"という別の男性によると、彼らは特殊な車に連れていかれ、その中で虐待を受けた。彼は殴打され、電気ショックを受けた。

ロシア軍は3日の午前に、被逮捕者の多くを釈放した。数人の目撃者によると、村人たちは「拘束中の待遇について何も不満はない」という文書に強制的に署名をさせられていた。また、何人かの被逮捕者はアチホイ-マルタンの警察署に送られたが、彼らの人数と容疑は未確認である。

■親ロシア政権指導者がロシア軍の掃討作戦を非難 (7月9日、AFP)

7月9日、チェチェンにおける親ロシア政権は、ロシア軍による掃討作戦が数千人の住民を難民化させているとして、ロシア側を非難した。

親ロシア政権の指導者、アフマド・カディロフ氏はロシア軍に対して「大規模な民間人に対する迫害に関与している」として、珍しい非難を表明した。

「セルノボツクとアシノフスカヤでの作戦は、一人の犯罪者も、一丁のライフルも押収できず、逆に村民たちを侮辱し、自尊心を傷つける結果に終わっている」と、カディロフ氏はインターファックス通信に語った。

ロシア軍は今月初旬から、独立派レジスタンスを捕えるための掃討作戦を、首都グロズヌイ近郊の村々で繰り返しており、数百人の民間人を逮捕している。

モスクワに本部を置く人権NGO「メモリアル」によると、すくなくとも7人は、逮捕後の消息がない。

一方、インターファックス通信は、7月2日からの1週間で、29人のチェチェン側レジスタンスが戦闘により死亡し、22人が逮捕されたと報じた。しかしどのような状況での結果かは明らかにしていない。

ロシア軍による虐待行為の多くは、チェチェンの隣国イングーシやダゲスタンに流出した難民たちが証言している。難民たちはこうした状況のために、帰国を拒否しつづけている。

■ロシア軍将軍、戦争犯罪に対する軍の関与を認める(7月11日、AFP)

7月11日、ロシアのチェチェン駐留軍の司令官は、先週以来の掃討作戦において、指揮下の部隊が「大規模な犯罪」に関与していると認めた。

ロシア軍のウラジミール・モルテンスコイ将軍は、ハンカラのロシア軍基地でイタル-タス通信の取材に応じ、「大規模な犯罪が、セルノボツクとアシノフスカヤでのパスポートチェックの時に行われた」と語った。

同将軍は「セルノボツクとアシノフスカヤでの掃討作戦は、非常に違法かついびつな方法で行われた。あらゆるものをぶち壊しにして、何もなかったような振りをしたのだ」として、指揮下の部隊に対し、これまでにない非難を行った。同将軍は、そうした犯罪はすでに、チェチェンの他の地域で行われた類似の作戦においても存在すると加えた。

人権活動家や、ロシアの下院議員らは、少なくとも5人の被逮捕者が死体で発見され、20人以上が連邦軍の掃討作戦によって消息不明になっているとしている。この事件はすでにロシアの検察当局によって捜査が開始され、2人の兵士が事件への関与のために免職となっている。

10日、チェチェン選出の下院議員、アスランベク・アスラーノフ議員は記者に対し、「5人の民間人が、ロシア軍が入ったあとのクチャロイの村で死体になって発見された」と指摘した。また、同議員は他にも8人が行方不明であり、多くの住民は自分の家に戻るためだけでも、非常に高額の賄賂をロシア軍に支払っていると指摘している。

ロシアの人権NGO「メモリアル」は、セルノボツクでは7人、アシノフスカヤでは12人の民間人が消息を絶っていると発表している。

■モスクワ爆弾事件の容疑者5人が法廷へ (7月10日、ロイター)

去る99年9月に、モスクワで200人が犠牲になった爆弾テロ事件に関与したとされる、5人の容疑者の裁判が、10日に南ロシアで始まった。

ロシアでの報道によると、この裁判はチェチェンから160Kmの距離にあるスタブロポリ地方の拘置所において、厳重な警備のもとに行われた。

5人とも、爆破事件当日にアパートに爆弾をしかけた直接の容疑ではなく、地元のカラチャイエボ=チェルケシからモスクワまでの間を、砂糖の入った袋に爆発物を隠して運び、爆破の準備をした容疑と、違法な武装グループに所属した罪で起訴されている。

ロシア国営テレビは、装甲車に警備された護送車の車列や警察犬と、鎖につながれた犯人の姿を放映した。

■ロシア議会スポークスマン、OSCEの和平提案を却下(7月9日、ラジオ・リバティー)

7月6日、ロシア議会のスポークスマン、ゲンナジー・セレズネフ氏は、欧州安保協力機構(OSCE)による、ロシアとチェチェンの和平対話の原案を「認めがたい」内容だとして却下すると発表した。同氏は「民兵たちが降伏して、自首し、判決を待つようにする他に道はない」とした。

■グロズヌイにて放射性物質発見される (7月9日、ラジオ・リバティー)

非常事態省当局によると、50Kg以上のセシウム137が、グロズヌイの破壊された学校のグラウンドから発見された。タス通信の7月11日の報道による。

この放射性物質による放射線は人体の許容量の1000倍にのぼる。現在この物質はアチホイ=マルタンに移送/保管されている。所有者など詳しいことは不明。

■将軍たちはチェチェンから撤退を考えている------

パーヴェル・フェリゲンガウズル/軍事評論家(モスクワニュース、6月19〜5日、25号)

●ロシア軍内部に広がる失望

チェチェンの現在の状況は、1996年の夏を想起させる。当時も公式見解では、正常化が進み、ザブガーエフ行政府長官は、それなりに状況をきちんと掌握し、復興をすすめ、レジスタンスたちは、連邦保安局、内務省、地元チェチェン民警によって息の根をとめられつつあり、地元民も彼らを支持しなくなっているとされていた。実際にはゲリラによる地雷戦が行われ、毎日死者が出てはいたものの、全般的には状況は沈静化したように思われていた。しかし、ロシア軍の理性的で優れた高官たちの間では、作戦は失敗し、占領を続けても日々抵抗が強まるだけで、撤退すべきだとの見方が広まっていった。

●96年の撤退劇

1996年8月、住民たちの支援のもとに、独立派レジスタンスたちは首都グロズヌイの守備隊と、同市に援軍として送り込まれたロシア軍の装甲縦隊を打ち破り、その結果ハサブユルト和平合意が締結された。むろん、軍関係者の間では、ハサブユルト合意締結は裏切り行為であり、あと2−3週間もすれば、敵方は殲滅されていたはずだと当時も今も言われている。もっとも、歴史を振り返ってみても、将軍たちが敗北の責任を認めたためしはなく、軍人とは、危険に身をさらし、犠牲を強いられる存在だというわけだ。いずれにせよ、ハサブユルト和平合意に調印した安全保障会議の書記、アレクサンドル・レベジ退役将軍が突然、解任された96年秋でさえも、ロシア軍は待っていましたとばかりにチェチェンから撤退していった。

●「チェチェンからいかに撤退するか?」

今また、最良のロシアの軍人は、チェチェンからいかに撤退するかについて、真剣に考えはじめているらしい。だがむろん、撤退しても行き場のない将軍たちもいれば、ありとあらゆる責任を一挙に負わせられることを恐れている将軍たちもいる。彼らは、避けることのできなかった恥辱的な全面的敗北、戦争犯罪と略奪行為、何十億ルーブルもの参戦割増金の支払いにおける乱脈ぶりと不正、といったことに対する責任を問われることを恐れているのだ。

●勝利は手遅れに

北カフカス軍管区司令官のゲンナジー・トローシェフ将軍は、一人に対していくらと懸賞金を約束してレジスタンスの首領を捕え、見せしめとして捕まえた首領たちを広場で絞首刑にすべきだと相変わらず主張している。しかし、トローシェフ将軍のような高位の将軍たちの間で、こうした向こう見ずな主張は、共感よりも嘲笑を買っている。チェチェン人に同情する者はいないし、戦争犯罪のことなど誰も問題にしていない。ジュネーブ協定がどうした、戦争中に、そんなことに構っていられるか、というわけである。しかし専門家たちには、必要だったのは、作戦開始後、1−2週間のうちの「首領」たちを「中立化」することであり、それができていれば勝利の望みはあったが、今やもう手遅れだということが分かっている。

●暴力の悪循環/和平へのきっかけ

将軍たちによれば、チェチェンは暴力の悪循環に陥っているという。住民は独立派レジスタンスを支援し、首領たちを匿っている。まともな装備も持たず、十分な訓練も受けていないロシア部隊は、彼らにとって敵対的な住民を仕返しのために襲撃する。それが住民の憎悪をさらにつのらせ、住民をレジスタンス支持に傾かせる。ところで、セルゲイ・イワノフ国防相の説明によると参戦割増金の多くが横領されたため、5月には参戦割増金の支払いが中止された。チェチェンの兵士、将校たちの給料は固定給だけとなり、軍の司令官たちにとっては、作戦を継続するこれといった経済的うまみがなくなっている。損失は拡大し、軍隊は士気を喪失し、軍隊としての機能は低下し、残った軍の装備類は使い物にならなくなり、明るい見通しはまったく立たない。どうやら、ハサブユルト以来の新しい和平協定締結のきっかけが現れるのを待つほかないようだ。

■編集室より

今週のチェチェン情勢は、セルノボツクとアシノフスカヤなどの村落での大量虐待事件の始末に明け暮れた感がある。もちろんこうした状況は今に始まったことではない。軍事評論家パーヴェル・フェリゲンガウズルの文章はすでに1か月近く前の発行だが、現在の状況をうまく説明しているように思う。

今回の、ロシアによるチェチェン進攻のきっかけのひとつとなったモスクワ爆弾事件について、必要なのは犯罪捜査であって、チェチェン全体への攻撃は正当化されないという意見があり、発行人は同感。チェチェンの独立派が市民を敵に回しテロをするとは考えにくいが、裁判の行方には注目している。

今回、翻訳記事を寄稿してくださった皆様に感謝いたします。 (発行人)

ニュース目次へ
<-前号 次号->


ホーム最新ニュース週刊ニュースこのサイトについて