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チェチェンニュース
Vol.02 No.07 2002.05.01

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【人権】

■ツォタン-ユルトなどで掃討作戦、市民多数が行方不明

4月初旬からの掃討作戦についての情報。4月5日、チェチェンの村落ツォタン-ユルトから、十数家族がイングーシ共和国へと脱出した。今年1月から繰り返されているロシア軍の掃討作戦からの避難。住民たちによると、すでに数十人の村人がロシア軍に拘束され、拷問によって障害を負うか、死亡するか、または行方不明になっている。また、4日にはロシア内務省軍とチェチェン兵の間で戦闘があり、デシン-ヴェデノとウルスマルタンで3人のチェチェン兵士が死亡し、6人が逮捕された(ラジオ・リバティ、4/5)。

また、4月18日にロシアのグラスノスチ財団が伝えたところによると、10日から15日の間にアルハン-カラでも掃討作戦が行われた。11日、村人15人が対ロシアの戦闘に参加したとの理由で逮捕された。12日には、連邦軍の軍人が、村長のマリカ・ウマジェーヴァに、モルテンスコイ中将からの命令書に同意すれば、部隊は村から退去すると言ってサインさせた。しかし軍人たちはその足で「容疑者」の家々に向かい、村人に対して殴る、蹴るなどの暴行を加えた上、死亡させた。

この時に殺されたイリアス・ウツシエフ/30歳は、ウマジェーヴァ村長の兄であった。村長をはじめ、村の長老たちは連邦軍の兵士たちに対して、モルテンスコイ中将の最近の命令である、「適切な掃討作戦の実施」を求めたが、軍側はこれを無視。村長によると、この作戦は、ロシア軍のイゴール・ブロニツキーという将校の指揮で行われた。16日、村人たちは抗議の行進を行い、今回の作戦の犠牲になった人々が、テロとは無関係の人々だったことを訴えた(www.glasnostmedia.ru、4/18)。

また、4月13日から、首都グロズヌイの南西20キロほどのゲヒチェ村でも、掃討作戦が行われた。ウルスマルタンから派遣された特殊警察(ロシア人と思われる/CN編集室)が、村人の口をテープでしばり、頭に布をかぶせた状態で拘束し、6人を本部に連行した。警官たちは村人に対して、機関銃3丁と拳銃1丁、さらに一人500ドルを提出するように強要し、布とテープをそのままにして5日間食糧と水を与えなかった。22日には、グロズヌイノ南50キロのシャトイに対する砲撃が行われ、住民3人が死亡した。

掃討作戦とは、「銃器が隠匿されている」などの口実を設け、ロシア軍部隊が町や村落を包囲した上で住民の検査を行い、十代後半から70歳にいたる男性全員を拘束し、フィルターラーゲリ(ゲリラかどうかの選別収容所)で尋問、拷問をするというもの。作戦の目的は「テロリスト」を発見することだが、実際にはそれだけでなく、略奪、強姦、拘束された容疑者を使った人身売買などが、これまでも報告されている。

【政治】

■プーチン大統領演説:「チェチェンでの軍事行動は終了した」

4月18日、ロシアのプーチン大統領は演説の中で「連邦軍などによる努力で、チェチェンでの軍事行動は終了した」と発言した。また、「1年前、チェチェンの抵抗勢力が1万人いるのか、5千人なのかが問題になった。しかし今日、彼らの人数などはもう問題にならない。どこにいるのかが問題なくらいだ」と発言した(AFP,4/18)。

しかし一方、この演説の1時間前、チェチェンのレジスタンスと、チェチェンの親ロシア政権の内務省部隊との間に戦闘が発生し、少なくとも内務省部隊の兵士21人が死亡した(ラジオ・リバティー、4/18)。チェチェン民警の本部からわずか100メートルの場所を通った輸送車2両が地雷によって爆破され、続いてレジスタンス側の銃火を受けた。

前後してグロズヌイの南方50キロほどのシャトイでも、20人以上のロシア兵が死傷する戦闘などがあり、プーチン大統領の発言は必ずしも現場の状況を反映していない。親ロシアの立場に立つガンタミロフ・元グロズヌイ市長は、インターファックス通信の取材に対して「ゲリラがプーチン大統領の演説を意識して大規模な攻撃に出たのだ」と語った。

【戦闘状況】

■独立派野戦司令官のハッターブ、死亡?

インターファックス通信などによると、ロシア連邦保安局(FSB)は、4月25日に、チェチェン独立派の野戦司令官エミール・アル・ハッターブを殺害したと発表した。ただし死亡の状況など、明白な証拠は発表していない(読売新聞、4/25)。

同司令官は大規模なチェチェン人社会が存在するヨルダンの出身。94年からの第一次チェチェン戦争以降の停戦期間中、シャミール・バサーエフ司令官と共に、チェチェンのマスハドフ大統領に反旗を翻す形で武装集団を形成した。

99年からの第二次チェチェン戦争では、チェチェン軍事評議会の一員としてマスハドフ大統領の指揮下に入り、主に南部のヴェデノでの戦闘を指揮してきた。ハッターブ司令官の死亡が確認された場合、今後のチェチェンに与える影響としては、戦力の低下として現われる場合と、独立派内の過激勢力がいなくなったことで、相対的に状況が安定する可能性の二つが考えられる。

【分析】

■クレムリンの新チェチェン政策とは?/IWPR,4/4

シャノバール・シェルマトヴァ/プーチン大統領は、チェチェンの泥沼から脱出するための新しい方策を探っている。しかし連邦軍はそれには積極的でない。

モスクワで3月半ばに開かれたロシア政府の安全保障会議で、プーチン大統領はチェチェン問題についての新しい考えを参加者に求めた。すでに2年半が経過した第二次チェチェン戦争で、政治的解決の試みはすべて失敗している。

会議の参加者の一人によると、4月末に安全保障会議が開催される予定だが、その際「チェチェンの武装解除と平和創出」という新しい提案が検討されるという。チェチェンの政治家でビジネスマンでもあるマリク・サイドラーエフ氏は、独特な提案を明らかにしている。それは、武装解除のための方策を民間から募り、有力な解決策には賞金を出す。その賞金はチェチェン人社会からの募金を募るというものだ。

別個に、ロシア政界で真剣に検討されているのは、現在分離しているチェチェン共和国とイングーシ共和国を再統合するというものである。モスクワ在住のあるチェチェン人コンサルタントは、この提案が両共和国からどのように迎えられるかの分析を、クレムリンから依頼されていると話した。チェチェン人とイングーシ人は、カフカス人のグループの中で非常に近い民族的関係にある。

ソビエト時代には、チェチェン・イングーシ自治共和国を構成していたが、ソ連崩壊後、チェチェンのジョハル・ドゥダーエフ大統領(当時)が独立宣言をした後で分離した。

前出のチェチェン人によると、中央政府はこの再統合案に対して積極的だ。もし実現すれば、チェチェンのマスハドフ政権はその正統性を失う。4月1日、上院議員で連邦評議会議員であるレオニード・ロケツキー氏は、「チェチェンとイングーシを再統合して、その大統領を連邦側から指名するならば、よいアイデアだ」と、インターファックス通信に対して語った。

モスクワのチェチェン人の一人は、「この提案が認められれば、次期大統領はムラート・ズィアズコフになるのだろう」と話している。ズィアズコフは南部連邦管区の副代表で、イングーシ人。元連邦保安局要員(旧KGB)である。この人事はイングーシ側にとって再統合を受け入れやすくするという観測もある。

ズィアズコフはイングーシの大統領選挙にも立候補している。

しかし、先のコンサルタントによると、再統合案には重大な問題点がある。このままではチェチェンの抵抗勢力との問題解決はできないというのだ。「掃討作戦」がチェチェンで行われ、民間人の行方不明が多発している限りは、こういった被害者の家族親類から、武器を持ってロシア軍に反抗しようとする人々はあとを絶たないだろう、というのである。チェチェン問題についての政治的解決の模索は、1年以上にわたって続けられているが、いまだに実行されていない。クレムリンはこの間、チェチェンの余剰部隊を削減し、チェチェン駐留の部隊を兵舎から出さず、チェチェンの親ロシア政権に武装を譲り渡して地の利を得たチェチェン人の部隊に軍事作戦を任せるプランを発表しているが、これも実現していない。

すくなくとも昨年の春までは、ロシアのイワノフ国防相はチェチェンの余剰部隊の撤退を表明していた。当時の非公式の数字では10万人以上の陸軍、内務省軍がチェチェンに駐留していた。計画では陸軍の1個師団と、内務省軍の1連隊を撤退させる予定だったが、わずかこれだけの撤退も実現できなかった。

現在、チェチェン親ロシア政権の副首相を務めるガンタミロフ氏によると、8万人のロシア軍がチェチェンに駐留している。これを裏付ける公式発表はないが、最近、南部連邦管区の幹部が発表したところでは、内務省軍は4万7千人まで縮小されるとのことだが、現在どうなっているかは確認されていない。

ロシア軍は、チェチェン側の兵士の人数しか発表していない。しばらくの間、ロシア側は1500人から2000人のチェチェン人が抵抗していると発表していたが、現在は400人程度に減ったという。すると、8万のロシア軍が、たった400人のチェチェン軍と戦いつづけているということになる。連邦軍はチェチェンで一体何をしていて、なぜ撤退できずにいるのか? 昨年夏に行われたある調査によると、軍の将校と兵士は石油の闇取引を副業としていた。調査の集計値は興味深いものだった。毎日、数十万ドル相当が闇取引されているというのだ。

昨年、チェチェンの親ロシア政権のカディロフ行政長官は、連邦政府の安全保障会議に対して、チェチェン領内での石油製品の盗難について発言し、プーチン大統領はこの情報を確認した。ロシア政府はその後「石油作戦」を開始し、内務省に対して調査を命令した。 この「作戦」はまる1年続けられ、チェチェンをはじめ北コーカサス全体が対象となった。内務省とFSB、軍情報部(GRU)からなる特別部隊が、現在も対処している。

しかしこの問題がなくならない理由は明白。この商売からは莫大な利益が上がるのだ。石油を積んだトラックを、毎晩検問所を目をつぶって通すだけで、軍の将校には3百ドル以上の袖の下が入る。そういった検問所は、たとえカディロフ行政長官のような親ロシア政府の閣僚でさえも、書類がなければ通れないのだが。

クレムリンのチェチェン政策をサボタージュしているのはこうした状況だ。上級将校たちにとってプーチンは災いだ。99年の「対テロ作戦」開始当初から、戦争遂行に対する白紙委任状を受け取ったはずだったが、今は市民に対する武力行使に制限がかけられようとしている。しかしチェチェンからの撤退の意味するところは、莫大な利益を生む商品を手放すことでもあるのだ。

先週、チェチェン駐留軍のモルテンスコイ中将は、共和国内での兵士の綱紀粛正についての命令を出した。この命令のもとでは、チェチェンの住民を逮捕する時、兵士は官姓名を名乗らなければならず、規則によって逮捕についての書類を政府の官僚に手渡さなければならない。 この新しい規則は、軍隊の恣意的な行動を止めるために出されたものと思われる。しかし、ツォタン−ユルト村の住民たちが先週訴えたところでは、残酷な「掃討作戦」が村で行われているといい、少なくとも状況がかわった兆しは見られないのが現状である。

(シャノバール・シェルマトヴァ:モスクワ・ニュース記者/IWPW: Institute forPeace and War Reporting 戦争報道に関するNGO。本部ロンドン。

http://www.iwpr.net/ )

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