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チェチェンニュース
Vol.02 No.17 2002.07.09

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【編集室からのお知らせ】

■シンポジウム「流血やまぬインドネシアから〜宗教・民族紛争の虚と実〜」

ロシア、チェチェン同様にインドネシアでは政治的混乱と人権抑圧が続いています。共通するのは、紛争を自ら生み出すシステムとしての「軍」の存在、そして資源獲得のための暴力です。

インドネシアを知ることは、そのままチェチェン情勢を別の角度から見ることにつながります。ここにも、仕掛けられた紛争に巻き込まれる、声なき人々がいます。貴重な機会ですので、ぜひご参加ください。(編集室)<主催者より> 1998年5月のスハルト退陣以降、インドネシアは民主化・改革の道を歩みはじたはずでした。しかしアチェや西パプア(イリアン・ジャヤ)では独立運動、マルク、中・西カリマンタン、中スラウェシでは宗教、民族を異にするする人びとの間での対立が起き、大規模な殺戮、拷問、焼き討ちなど、以前より深刻な暴力が発生するようになっています。

今回のシンポジウムでは、マルク、西カリマンタン、中スラウェシにおける宗教・民族紛争問題解決に取り組む3人の方に、紛争の実態について話していただきます。タムリン・アマル・トマゴラさんは、民主化を阻み、復権を狙う国軍のマルク紛争への関与を指摘し、スハルト時代の国軍司令官ウィラントに訴えられている研究者・市民運動家です。西カリマンタンのエルマ・ラニックさん、中スラウェシのアリアント・サンガジさんは、紛争の遠因として、強権的開発のあり方に疑問を呈し、それぞれ現場で活動されています。

<スピーカー> タムリン・アマル・トマゴラ(タパック・アンボン)エルマ・ラニック(ダヤコロジー研究所)アリアント・サンガジ(タナ・ムルデカ財団)*インドネシア語/日本語通訳あり

日時 7月20日(土)13時〜17時(12時半開場)場所 上智大学中央図書館8階L-812教室(JR・地下鉄四ッ谷駅徒歩)主催 上智大学アジア文化研究所      インドネシア民主化支援ネットワーク(ニンジャ)資料代 1,000円(ニンジャ賛助会員500円) お問い合わせ先/インドネシア民主化支援ネットワーク Tel/Fax: 03-3356-8364 E-mail: nindja@bigfoot.comシンポジウム開催のため、みなさまからカンパをお寄せいただけると幸いです。郵便振替 00140-5-37561 インドネシア民主化支援ネットワーク※「シンポ」とご明記ください

【チェチェン国内】

■ロシア軍、生物化学兵器を使用か?

7月8日、至急報としてカフカスセンターが伝えるところによると、首都の西、12kmにあるアルハン・ユルト村では、連邦軍のヘリコプターが飛来し、粉状のものを散布した後、放牧していた50頭の牛が異常を来して死んだほか、これまで全く健康だった住民が数日の内に4名が急死した。恐慌を来した住民は、ロシア軍が何らかの生物化学兵器を実験的に使ったものとして、国際人権組織に早急な調査を依頼した。

http://www.kavkaz.org/russ/article.php?id=3820(訳注:懸念されるのは、ロシア側が最近になって、さかんに独立派が有毒物質の使用を企てていると偽情報をふり撒いていたことである。いわくマスハドフが住民をパニックに陥れるために毒物使用を指示した。いわくゲラーエフがグルジアで、トルコから送られた毒物をチェチェンに送り出したなどなど)

■行政長官カディロフ、ベルリンに初外遊

6月27日のチェチェンプレスによると、親ロシア政権のカディロフ行政長官は、ロシア支配下のチェチェンの安定ぶりを対外的に示すための初めての外遊先にドイツ、ベルリンを選んだ。同氏が講演を行ったドイツ外交会館には、イチケリア国旗をかかげた亡命チェチェン人やドイツのチェチェン支援組織の人々が待ち受けていた。駐独ロシア大使と共に会館を訪れたカディロフ氏には、ごく最近、独立派のアブムスリモフ氏も講演を行っていることを告げられた。

カディロフ氏がチェチェン国内での戦闘がほとんど収束し、行政府によるバラ色の国土再建が進んでいる旨の講演をすると、次にドイツ側のドイツ・チェチェン文化委員会のマース・エッケハルド氏が、多くのチェチェン人がカディロフ氏の立場を「民族の裏切り者」と見なしている現実、講演で全く触れられなかった、相変わらずの小規模戦闘の多発によるロシア兵の数多くの戦死と、頻発するロシア軍の「掃討作戦」による非武装市民の多数の犠牲という厳しい状況について指摘した。

さらに氏はドイツに滞在中のチェチェン避難民は、現行政府下のチェチェンへの帰還を断固として拒んでいると表明、カディロフ氏に感想を求めた。この後、3人のチェチェン婦人が、それぞれの身内の悲惨な状況を語った後は、しらじらとした雰囲気の下、出席のドイツ人たちは、カディロフ氏の発言が信頼できるものでないことを悟った。この有様をロシア大使も目の当たりにした。さらにドイツ政府当局は、カディロフ氏との正式な面会は行わないことを決定したという。(chechenpress.com, 2002.6.27)

http://www.chechenpress.com/news/06_2002/5_27_06.shtml

■「ロシア軍は今年一杯で撤退する」モルテンスコイ大将発言

7月2日、ロシア連邦軍のモルテンスコイ大将は、「軍は今年一杯でチェチェンから撤退し、その後はチェチェン人の警察部隊が治安を維持するようになる」との考えを明らかにした。7月3日にgazeta.ruが報じた。同様のコメントは1年半前にも前任者のバラーノフ大将によって語られているが、実現しておらず、現実性は薄い。ただしここ数ヶ月、チェチェンの親ロシア政権への権限の委譲と拡大が伝えられていることから、政策の方向としては一致している。(www.gazeta.ru 2002.7.3)

http://www.gazeta.ru/2002/07/03/Armyrenewspr.shtml

■ゲラーエフ、英雄的ならざる帰国?

7月4日のgazeta.ruは、ロシア軍の無線傍受の成果として、チェチェンのマスハドフ大統領が現在グルジアにいるルスラン・ゲラーエフに対して帰国を奨めたという記事を掲載した。これによるとゲラーエフ部隊を戦闘に参加させて活動を活発化し、これをモスクワとの交渉の材料にしようとしているという。マスハドフ大統領の特別代表であるアフメド・ザカーエフ氏は、「グルジアで難民になっていたゲラーエフの力を借りるほどの兵力不足ではない」と否定した。(2002.7.4 gazeta.ru)

http://www.gazeta.ru/2002/07/04/Noheroichome.shtml

【戦闘状況】

■野戦司令官アブ・ワリド死亡報道

7月5日にロシア・チェチェン友好協会が報道したところによると、チェチェンのアブ・ワリド野戦司令官が洪水により死亡した。ヴェデノ地区を移動中、増水したクルクラオ川に落馬して流され、ツサ・ヴェデノまで流されたところで発見された時には死亡していた。(2002.7.5 prima-news.ru)同協会の記者がシャミーリ・バサーエフに近い関係者から取材した結果明らかになったという。

http://prima-news.ru/news/news/2002/7/5/16086.html

■マスハドフ主宰の司令官会議の写真公開

6月6日に南部山岳森林地帯で行われた司令官会議の様子が、30日のカフカスセンターで公開された。マスハドフ大統領が主宰し、シャミリ・バサエフが傍らに座する、親密さをアピールする写真である。記事の中でチェチェン側は、独立派の統一保持と団結は神話ではなく、このことを敵だけではなく自陣営の内部でも良く認識せよと、呼びかけた。その会議では独立チェチェン国家の将来に関わるロシアとの関係についての重要問題も討議されたとした。(kavkaz.org 2002.6.30)

http://www.kavkaz.org/russ/article.php?id=3673(ロシア語)

http://groups.msn.com/ChechenWatch/200266.msnw(日本語説明つき)

■戦闘状況(7月上旬)

7月2日から、チェチェン南部では激しい戦闘が続いている。この戦区の野戦司令官はリズヴァン、アブ・ワリド、ラバニ、マゴメッド・サリハ。ここ二日間で、ヴェデノのロシア連邦軍部隊に対して、リズヴァン部隊は3度にって強襲し、司令部が炎上するとともに数十人のロシア兵が死亡した。チェチェン独立派の情報源による。ここ数ヶ月ぶりに、独立派側は装甲車両まで動員して攻撃を行っている。アブ・ワリド部隊はエリスタンギ村の近くでロシア軍部隊に対して装甲車で攻撃し、ロシア兵数人死亡、負傷者数十人。また、かなりの兵器が大破した模様。3日には、ツサ-ヴェデノではロシア軍用車両が爆破され、セルゲン-ユルトではチェックポイントが攻撃を受けた。アヴチュリー村からセルゲン-ユルト間の道路では、マゴメッド・サリハの部隊がロシア軍の装甲縦隊を攻撃し、装甲車1両とトラック2両を破壊したと報告している。ロシアのグラスノスチ財団が報じた。(2002.7.4 glasnostonline.org)

http://www.glasnostonline.org/index_eng.htm

■洪水によって孤立のロシア軍部隊、退却を開始

7月3日、チェチェンのシャトイ地方のロシア軍部隊が退却を開始した。洪水発生からの2週間補給路が断たれて孤立していたため。同日のロシア連邦政府の発表による。(2002.7.3 Russian informational centre)

http://www.ln.mid.ru/website/bl.nsf/eng

【人権】

■エルザは狙撃兵だった?ロシア側が主張

6月27日にロシアの人権団体PRIMA-NEWS.RUによると、ブダーノフ大佐に強姦、絞殺されたエルザ・クンガーエヴァについて、検察側は「ゲリラの狙撃手だった」との容疑を持ち出そうとしている。被害者側の弁護士はロシアのマスメディアがこの容疑を真に受けて報道されることに対する憂慮を表明した。法廷手続き上の理由から、弁護団は今後の出廷を取りやめる見込み。

http://prima-news.ru/news/news/2002/6/27/15959.html

■混迷するブダーノフ裁判

ブダーノフに対する判決が7月初旬にも下ると報じられていたが、担当検察官の交代、いわく付きの「政治的精神科医」(チェチェンニュースVol.02 No.462002.6.23参照)ペチョルニコワ教授の更迭を経て裁判は10月3日まで延期となった。これをもって「イデオロギーに対する法の勝利」と賞賛する向きがロシアの一部にあるようだが、ノーヴァヤ・ガゼータ紙は、慎重な論評を行っている。同紙によれば、新たに指名された鑑定医、モロゾフ教授の経歴を見れば明らかだという。セルブスキー精神医学研究所に所属するモロゾフ教授もまた、社会主義時代の輝かしい経歴は同僚ペチョルニコワに負けるとも劣らぬ異論派弾圧の汚れた手をしており、彼の毒牙にかかった代表的な人物として、退役軍人でクリミア・タタール人の権利回復運動に後半生を捧げたピョートル・グリゴリエンコ将軍らを紹介している。(渡辺千明)

■OSCE、チェチェン問題を引き続き重視

6月27日のAFPの報道によると、欧州安全保障機構(OSCE)は、現在チェチェン北部のズナーメンスコエに駐在している人権専門家のチームの滞在延長を検討していると発表した。「チェチェンでのミッションの必要性は、あと数年は必要ではないかと考えている」と、OSCEのチェチェンでの代表者であるジョルマ・インキ氏はインターファックスに対して語った。

この動きの一方、7月4日には、、欧州安全保障機構(OSCE)の代表、ポルトガルのデクラウズ外相のスポークスマンは、「外相はチェチェンで人権侵害が発生していないなどいうコメントは出していない。そんなことを言ったらまったくの間違いになる」とのコメントを発表した。これは、7月1日にロシアのイズベスチア紙が同外相の発言として伝えた「人権侵害が起こっているという報告は受けていない」という報道を否定するもの。

また、スポークスマンは「市民に対する人権侵害は起こっていおり、これからも続くだろう」と強調した。(2002.7.4 AFP) OSCEはチェチェン北部のズナーメンスコエに駐在チームを送り、チェチェンでの人権状況を調査しているが、ロシア側が難色を示しているため、調査期間の延長交渉が難航している。

【周辺地域】

■「パンキシ渓谷問題への外国の介入を許さず」グルジア大統領発言

7月8日のインターファックス通信によると、グルジアのシュワルナゼ大統領は記者会見で、「グルジアはいかなる外国軍隊のパンキシ渓谷に対する軍事介入も許さない。プーチン大統領は意見が違うかも知れないが、もしもロシア軍が介入するようなことがあれば、それは単純にグルジアに対する侵略と見なされる」とロシア側を牽制するとともに、グルジアは自主的にパンキシ渓谷の秩序維持を実現すると明言した。(2002.7.8 Inter fax)

http://www.interfax.ru/show_one_news.html?lang=RU&group_id=2&id_news=5582456&tz=0&tz_format=MSK&req=

■グルジアにおけるチェチェン難民の再登録

7月6日、グルジアに避難中のチェチェン難民の再登録が行われた。およそ200人の難民が追加される見込み。チェチェン難民の登録は、4月から国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の助力を得て行われていた。今回はパンキシ渓谷以外の場所を対象に行われる。グルジア国連協会が報じた。(2002.7.6 civil.ge)

■パキスタンでのチェチェン出身アルカイダ兵の戦死

6月26日の朝日新聞イスラマバード=秦忠弘は、パキスタン北西部のアフガニスタン国境付近ワナ近郊で26日未明、パキスタン軍とアルカイダとみられる集団に戦闘があり、パキスタン側10名、アルカイダ側2名が死亡し、この2名はチェチェン人と確認されたと伝えた。タリバン側にチェチェン人が多数参加していると言われながら、これまで実際にチェチェン兵が捕虜になった、または戦死したという報道はほとんどなかった。過去、チェチェン共和国とタリバン政権は相互承認をしていたために交流はあり、昨年秋まではチェチェンのニュースサイト、カフカズセンターにはアフガニスタン報道が頻繁に載っていた。

http://www.asahi.com/international/update/0626/017.html

■パキスタンのアルカーイダ=チェチェン兵、疑問視の声も

6月27日のカフカスセンターは、28日にロイター通信が伝えた、パキスタン軍との交戦でチェチェン兵2名が死亡という報を、「またまた出てきたアフガニスタンにチェチェンの影」と疑問符を付けつつ紹介した。「噂ばかりで、これまでにチェチェン人の死体も捕虜も出た試しがないではないか?」と疑問点を指摘した上、「あの二人は、タジク人かウズベク人だ」という地元民の声を紹介して、間接的にチェチェン人の関与を否定した。

http://www.kavkaz.org/russ/article.php?id=3608

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