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チェチェンニュース
Vol.02 No.22 2002.08.02

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■マスハドフ・バサーエフ共同記者会見をどう読むか?
<ロシアでの反響を中心に>

7月22日月曜日に公表された、チェチェン共和国のマスハドフ大統領とバサーエフ野戦司令官の共同記者会見ビデオのインターネット配信は、ロシアのマスコミにとって一大センセーションであり、様々な反響を呼んだ。独立系・政府系のほとんどのマスコミが「センセーション!」と題して競って紹介し、この二人の団結ぶりに新たな解釈を加えようとやっきになった。

●マスハドフは武装勢力を統合した/独立新聞

シャープな観点で情勢を論評してきたニェザビシマヤ・ガゼータ(独立新聞)は、さっそく23日付でイリヤ・マスカコフ記者の「マスハドフは武装勢力を統合した」という論評を載せた。これによると「この発表の最大のポイントは、マスハドフ=バサーエフ対立の最終的決着、バサーエフによる97年選挙結果の受け入れである」という。マスカコフ記者は、マスハドフによるチェチェン国内の全武装勢力の掌握は、来るべき8月の独立派勢力の大規模な攻勢を予感させられるとしている。

現在マスハドフの統制下にないのは、グルジアにいるゲラーエフ配下の部隊のみであるが、彼らにとっても、今後はマスハドフの指揮下に入る以外に道は残されていないとマスカコフ記者は見ている。加えて、ここ数ヶ月の苛烈な掃討作戦が、ますますロシア軍とその庇護のもとにある親ロシア政権から人心を離反させ、ロシア軍占領下の村々からは、武装勢力は、救済者として支持されている。このことを、現地のロシア軍も痛感し始めているという。

このような情勢の中で登場したスルティゴフ/チェチェン人権担当官に関しても、彼にはより年輩のチェチェン人政治家たちの支持がなくては動きがとれないこと、モスクワ指向の強いスルティゴフ氏がチェチェン国内の政治・行政に対する野心のないことが唯一の支持の源泉であると分析している。

独立新聞「マスハドフは武装勢力を統合した」:
http://www.ng.ru/politics/2002-07-23/1_mashadov.html

●バサーエフ再生を果たす/ strana.ru (ロシア政府系)

一方、従来から、チェチェン駐留ロシア軍の代弁者の立場にいる strana.ru は、ローザ・ツベトコワ記者の論評を載せた。いわく、「バサーエフ再生を果たす」。こうして、自ら荷担してきた、バサーエフ死亡説を放棄せざるを得なくなったのである。しかしツベトコワ記者は、マスハドフとバサーエフの団結を、まず第一に独立派の苦境の結果と解釈している。そして、ロシア側がアラブ諸国から流入する支援金の「金庫番」だとしてきた、アラブ出身の野戦司令官アブ・ワリドとの決裂を第二の理由として説明している。

そして、一部に流れたアブ・ワリドの死亡説について、事故死ではなく、仲間割れの中での殺害と解釈した。またこれをめぐっては、グルジアにいるゲラーエフとの関連も示唆した。ゲラーエフと在グルジア、アメリカ情報部員の接触の中で、チェチェン独立派は、「アルカイダ」との断絶を迫られたというのだ。

その上で、ツベトコワ記者も8月には独立派の攻勢がさらに強まると予測している。

strana.ru「バサーエフ再生を果たす」:
http://kavkaz.strana.ru/article/153459.html

●ゲラーエフとマスハドフとの確執の根は深い/ ytro.ru

ロシアの報道サイト ytro.ru のオレグ・ペトロフスキー記者は挑発的な反独立派キャンペーンを張ってきたが、25日付けの記事では「なぜマスハドフはバサーエフを必要としたか?」で、次のような展開を試みた。まず、両者対立の歴史を詳しく説明、ダゲスタンへの侵攻をマスハドフは挑発と断じ、バサーエフはマスハドフを最高司令官とも大統領としても受け入れてこなかったという。

しかし、今や情勢は一変し、バサーエフは恭しく最高司令官としての大統領に敬意を払い、またマスハドフはバサーエフを自分の代理として認め、両者は衆目を前に完全な相互理解を演じている。なぜか。ペトロフスキー記者の推測は、この両者が、すでに2年以上グルジアで勢力を温めているルスラン・ゲラーエフに対して示威的に手を握りあったというものだ。

これを要約すると、「ゲラーエフとマスハドフとの確執の根は深い。第一次チェチェン戦争時代の参謀長としてのマスハドフの戦争指揮にゲラーエフが疑問を呈し、そのために戦後の大統領選立候補にあたって、ゲラーエフは「古参ムジャヘディン協会」を組織してマスハドフに対抗した。また、グロズヌイ包囲戦でゲラーエフ部隊が大きな損害を出して兵員の多くを失ったのは、マスハドフの裏切りにあるとゲラーエフが見ている」ということになる。

またマスハドフが、再三の帰還要求に耳を貸さないゲラーエフに対し、チェチェン政府の名の下に将軍としての称号と全ての勲位を剥奪していることも指摘した。記者はゲラーエフについて、イチケリア政府のみならず様々な勢力が働きかけを行っていること、とくに親ロシア行政府長官カディロフが、自陣営への帰順を働きかけているとしている。

ytro.ru 「なぜマスハドフはバサーエフを必要としたか?」:
http://www.ytro.ru/articles/2002/07/25/91425.shtml

●実質的な主導権はバサーエフが握った/ gazeta.ru

もうひとつの見方にも触れておこう。 gazeta.ru のアルチョム・ベルニドゥプとアンドレイ・マチャシ共同執筆の「マスハドフはバサーエフに任務を譲った」である。この記事は単に事実を伝えるだけでなく、拡大国家防衛委員会の開催時期、開催地、二人の指導者の発言内容などにつき、様々な疑問点を呈示して検討を加えている。その中で興味を引くのが、マスハドフとバサーエフが今や団結したのは疑いないとしつつも、実質的な主導権はバサーエフが握ったという意見である。

つまり最高司令官といういわば「名」は、マスハドフに残されたが、「実」はバサーエフが取ったという観測になる。「単一の作戦指揮系統」の確立と指揮の要となる軍事委員会の代表にバサーエフが就いたことは、これまでマスハドフの指揮下にいた部隊まで含めてバサーエフの指揮下に入るとことを意味するというのだ。記者たちは厳しい戦いの中でマスハドフには疲労と肉体的な衰えがあることを見逃していない。

gazeta.ru 「マスハドフはバサーエフに任務を譲った」:
http://www.gazeta.ru/2002/07/22/mashadovsdal.shtml (露文)
http://www.gazeta.ru/2002/07/23/Chechenwarlo.shtml (英文)

●今後の展望など

すでにマスハドフ・バサーエフ共同記者会見が公表されて1週間が過ぎた。7月28日以降は、記者会見の際に触れられた夏−秋攻勢の一環とされる、チェチェン・グルジア国境のロシア国境警備隊への大規模な攻撃が報道されている。

この攻撃は一体何のためのものなのだろうか? ロシア側は、グルジアから越境したゲラーエフ部隊だと見るが、チェチェン側はそれを否定している。

今後の展開は要注目である。チェチェン側がしかけたとすると、この地域からのグルジアからの越境、つまりゲラーエフの帰還はかえって困難になるだろう。

筆者は、ゲラーエフ部隊が迂回作戦で、たとえばカバルディノ・バルカリアなどを経由してロシア領内に侵入するのを助ける陽動作戦という可能性があると見る。事実、7月31日のカフカスセンターは、カラチャエボ・チェルケシア共和国にアブハジア側から所属不明の武装部隊の侵入があって、国境警備隊と交戦があったと伝えている。 この部隊がゲラーエフ部隊の一部である可能性は極めて高い。( http://www.kavkaz.org/russ/article.php?id=4298 )

そこで筆者が注目しているいくつかのポイントを列記しておこう。

1.国家防衛委員会拡大会議の主宰者はマスハドフであり、その権威の中で会議は開催された。開催地のヴェデノがバサーエフの勢力範囲であることを考え合わせると、その準備に当たったのはバサーエフたちであろう。情報の流れから見て、ここ2ヶ月の間に、バサーエフ派がイニシアチブを発揮している。

2.バサーエフがインタビューで語るように、6月16日から行われたとすれば、様々なことが徹底的に話し合われたに違いない。その主要なポイントは当面の作戦計画と共に、「戦争をいかに止めるか?」という問題であったろう。

マスハドフに権威がなければ大胆な妥協、ハスブラートフとの協議に見られるような柔軟な思考は不可能である。

3.いくつかの演技もある。一つは、大胆なマスハドフとバサーエフの和解。

これは対外的なものだけでなく、バサーエフを支持してきた人々への明快な路線変更を理解させるためにある。おびただしい肩書きによる権威づけ、さらにバサーエフはやや下がった位置に控えて、主役のマスハドフを前面に押し出している。1位がマスハドフ、バサーエフはあくまでナンバー2と描いている。

彼らもまたロシア文化圏の人々だという印象を感じさせられた。

4.次にバサーエフの、マスハドフへの歩み寄りの一方性をうち消す工夫もされている。記者会見の中では、マスハドフ自身がイスラム的な語句を強調し、わざわざ「ムジャヘディン」、「ジャマート」といったバサーエフ派がしばしば使ってきた語句を使って見せている。こういうやり方で、イスラム系支援グループへのアピールを如才なく行っている。

5.しかし筆者は、この記者会見の最大のアピール先はアメリカだと思っている。マスハドフが全ての野戦司令官を掌握していることを見せたかったのだ。

ブレジンスキー提案はチェチェン側に辛く、プーチンに寛容なものだったが、これがアメリカの「チェチェン応援団」が提示した落としどころだった。これに連携してマスハドフがプーチンに対して停戦を提案し、ルイブキンがプーチンへの提言という形で呼応し、裏でハスブラートフとマスハドフの協議が行われて、アメリカ案を「国際自治」という概念でより磨いて見せた。連携の最大の眼目は、「ロシアをいかに政治解決に追い込むか」である。

6.8月から始まると予想された夏−秋攻勢が、前倒しに7月27日に始まった。ロシア国境警備軍は、グルジア国境の近くで第2次チェチェン戦争における最大の被害を出した。立場を有利にして交渉に望むために、プーチン政権もチェチェン独立派も気を抜かず、激しい展開が繰り広げられるに違いない。

チェチェン共和国拡大国家防衛委員会:
http://www.kavkaz.org/eng/article.php?id=977 英文
http://www.chechenpress.com/news/07_2002/7_22_07.shtml
露文記者会見書起こし:
http://www.kavkaz.org/russ/article.php?id=4189 露文
http://www.kavkaz.org/eng/article.php?id=980 英文

2002.08.01(渡辺千明/本紙コントリビューター)

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