チェチェン総合情報


チェチェンニュース Vol.03 No.10 2003.03.02

■「チェチェンテロ組織指定」に二つの意味

●「人権」と「テロ」のカード

2月28日、アメリカ国務省のバウチャー報道官は、「偵察破壊工作連隊リャドゥス・サリヒーン」など、チェチェンの3つの武装組織を、テロ組織として指定すると発表した。

ブッシュ政権発足以降、アメリカ政府は、チェチェン問題を二つの視点から語ってきた。「人権問題」と、「テロリズム」である。二つの視点を持つことには、次のような意味がある。まず、人権問題を語ることはロシアにとって都合が悪く、圧力になる。一方、テロリズムを語ることは、ロシアにとって都合がよく、アメリカがロシアに譲歩する一つの方法となる。どちらのカードが使われるかは、その時々の両国の関係による。

●アメリカ政府の姿勢に変化なし

今回のテロ組織指定についての発表を注意深く読んだところ、アメリカの政府レベルの基本的なドグマはこれまでのそれとほぼ変わらないことが確認できた。それは次のようなものである。

「チェチェンのリーダーは、テロリストと手を切るべきである。われわれはすべてのチェチェン戦士がテロリストであるとは考えていない。この問題は政治的手段によって解決されなければならない。また、ロシア軍による人権侵害のについては、説明責任を果たすべきである」(2月28日のバウチャー報道官発言より。この場合のリーダーは、ロシアと戦っているマスハドフ大統領のこと。)

http://usinfo.state.gov/cgi-bin/washfile/display.pl?p=/products/washfile/geog/eu&f=03022806.wwe&t=/products/washfile/newsitem.shtml

2002年10月に、パウエル国務長官も同様の発言をしている。以上が、ブッシュ政権のチェチェンについての公式見解といっていい。

さて、このカードの中から今回使われたのは、「テロリズム」カードだ。これが使われたことは、アメリカがロシアに譲歩する必要が生まれたことを意味する。それはイラク問題について、アメリカが自ら用意した国連決議をロシアが支持する、あるいは最低でも拒否権を行使しないようにする取引と考えられる。

●バサーエフ司令官の声明

ところで、2002年12月27日、チェチェンの首都グロズヌイで、親ロシア政権(傀儡政権)の政府庁舎が爆破され、80人あまりが死亡したことは記憶に新しい。犯行声明が出されなかったために、この事件については謎が多かったが、2月25日にチェチェンのシャミーリ・バサーエフ野戦司令官が、「自分の責任である」との声明を出し、翌日には、爆破前から爆破後にいたるまでを計画的に撮影したビデオ映像を発表した。

http://www.kavkazcenter.com/russ/photo/grozny_blast/
http://www.gazeta.ru/2003/02/26/Photossuppor.shtml

バサーエフ司令官は、野戦司令官のなかで第一級の作戦能力を持っていると言われ、ここ10年近いチェチェン戦争の当初から戦い続けてきた。だが、この声明の内容が事実だとすると、彼は、傀儡政権とはいえ、民間人多数を爆破に巻き込むという凶行を指揮したことになる。そして、今回アメリカがテロ指定した団体のもっとも重要な一つが、バサーエフ指揮下の偵察破壊工作連隊リャドゥス・サリヒーンなのである。

「リャドゥス・サリヒーンはテロ組織であるから、チェチェンのリーダーはこれと手を切るべきだ」というアメリカの要求は、言いかえると「マスハドフ大統領はバサーエフを何らかの方法で無力化しなさい」という意味なのである。

物事がギブアンドテイクとすれば、この要求をマスハドフが承知すると、何が交換されるのだろうか。考えられるのは、アメリカ主導の和平プロセス、リヒテンシュタインプランの進行促進である。これは、マスハドフ大統領の特別代表であるザカーエフ副首相が、ロシアのルイプキン元安全保障会議書記との間で昨年8月に折衝を行ったものであり、会合の準備を、ブレジンスキーらを中心するチェチェン平和アメリカ委員会(ACPC)が行った。

アメリカのような国家が他国の勢力をテロ組織と呼ぶことの当否は別としよう。今回の動きは、ロシアにとっては念願の一部が達成されたことになる。今後「リャドゥス・サリヒーン」という名を利用した宣伝は大いにされると思われるが、これは表面的なことだ。

●チェチェン独立派の課題

舞台裏で進むのは、マスハドフ/バサーエフ関係の決着という、抜き差しならない場面だ。なぜなら、10月のモスクワ人質事件、12月のグロズヌイ政庁爆破事件と、大事件が起こった直後にまずマスハドフ大統領は事件への不関与と非難を表明し、しばらく時間をおいてバサーエフが自分の関与を発表するというパターンが続いた。大統領の権威は傷つけられ、交渉当事者の資格を疑われかねない。

結論。一つは今回のチェチェンの一部勢力に対するテロ組織指定は、イラク問題を背景にした米ロの取引の結果に見える。ただし、アメリカ政府のチェチェンについての政策に今のところ変更は見られない。そしてもう一つは、アメリカを介した和平プロセスにおいては、その方針の一部―――バサーエフを降ろせ―――が明らかにされたということである。リヒテンシュタインプランをブレジンスキーらが推進する限り、アメリカ政府から「人権」カードはなくならない。だがバサーエフの処遇については、今後マスハドフ大統領が相当な決断をすることになる。

(2003.03.02 大富亮/チェチェンニュース)