チェチェン総合情報


チェチェンニュース Vol.03 No.24 2003.06.12

発行部数:941部

■チェチェン独立の可能性を考える <第1回>

6月の休日、強い日差しの中を、川崎の自宅から自転車で多摩川を渡り、世田 谷に住む東野さんを訪れた。東野さんは、チェチェンニュースの2年来の読者 だ。お茶をいただきながらの四方山話で、第二次チェチェン戦争の原因に話が 及んだ。

「第一次のチェチェン戦争(94-96年)は、チェチェンの独立を、ロシアが押し つぶそうとしたのが原因と言っていいと思いますが、今の第二次は複雑ですね」 と私が話すと、東野さんは少し意外そうな顔をしてこう答えた。

「簡単じゃありませんか?まず、96年に第一次チェチェン戦争が終わった時、 ハサブユルト和平合意が結ばれた。その合意で、2001年にチェチェンの独 立問題をもう一度話し合うことが決まっていましたね。その後何もなければ、 チェチェンとの交渉のテーブルにつかなければならなかった。あんなひどい戦 争の後ですから、国際世論もロシアの味方につくとは限らない」

「確かに、何らかの譲歩はせざるをえないでしょうね」と私。東野さんは続け た。「だから、01年の交渉の前に、ロシアは全部をひっくり返したかった。 それで99年に戦争が始まったんでしょう」東野さんは長年貿易の仕事をした 方で、よくこうして要領を得た説明をされる。

さて、そう考えると、チェチェン独立は、今でもロシア側にとって現実的な脅 威ということになる。1991年の独立宣言以来、今もチェチェンは自国を独 立国家と位置付けているが、承認した国はいまのところない。チェチェンの人 口は推定70万人。国としては小さいが、ありえないほどではない。たとえば、 漁業の国アイスランドは人口わずか27万人だし、中国とインドにはさまれた 農業の国ブータンは63万人で、チェチェンに近い。

チェチェンは内陸国で、産品は石油と農畜産物だ。経済的自立の鍵は、産業の 復興と育成、そして物流の道をつくることにある。コーカサスの物流は、きわ めて不安定だ。たとえば、アゼルバイジャンのバクーから、ダゲスタンのマハ チカラ、チェチェンのグロズヌイを経由して黒海に抜ける石油のパイプライン はいつも戦争の危険を抱えているし、グルジアの黒海沿岸のバツーミから積み 出すパイプラインも、グルジア内外の政治的な事情があってうまく機能してい ない。

逆に考えると、これらを解決できれば、チェチェン独立はもとより、コーカサ スの物流全体が活気づくことになる。カスピ海の地下資源だけでなく、カザフ スタンに眠る大量の地下資源もまた、黒海に抜ける道を求めているのだから。 91-96年にチェチェンの初代大統領だったジョハール・ドゥダーエフは、コー カサス諸国の経済協力の可能性を、まじめに考えていたふしがある。これにつ いては次号にて。<つづく>

(東野さんは仮名)(2003.06.12 大富亮/チェチェンニュース)

■北オセチア、ロシア軍基地付近で自爆攻撃

6月5日、チェチェン北部で国境を接している北オセチア共和国のモズドクで、 ロシア軍の将校ら乗ったトラックが自爆攻撃を受けた。これにより少佐3人を 含む18名が死亡、10人以上が負傷した。犯人の身元は不明。ロシア側の発 表によればチェチェン人の女という。北オセチアはもともと親ロシア的な土地 で、チェチェンを攻撃する空軍機などが出撃している。

■アパート爆破で11人死亡/ロシア軍の仕業か?

6月6日、グロズヌイで、5階建てのビルが爆発によって破壊され、子ども9 人を含む11人が死亡した。親ロシア行政府のクラブチェンコ検察長官は取材 に対して、事件はガス漏れによるものとの見方を示した。一方、独立派のチェ チェンプレス(チェチェン国営通信社)は、北オセチアでのロシア軍バス爆破 事件に対する報復であり、ロシア軍内の「死の部隊」が行ったと指摘した。ま た同通信の報道では、6日、モスクワにおけるマスハドフ大統領の代理である マイゴフ氏の意見として、モズドクで発生したような事件は今後も続く可能性 があると語ると同時に、プーチン大統領はチェチェンでの「虐殺」をやめるべ きだと訴えた。

RFE/RL NEWSLINE Vol. 7, No. 107, Part I, 9 June 2003

■ロシア軍地上攻撃機とヘリ撃墜される

5月24日、チェチェンの南西戦区司令官ドック・ウマーロフからの報告によ ると、チェチェン独立派の防空部隊は、ロシア軍のSu-25地上攻撃機とMi-24ヘ リコプターを撃墜した。いずれもロシア製対空ミサイル「イグラ−2」による ものだという。独立派の通信社カフカス・センターが報じた。これに対して、 ロシア空軍報道官のドロビュシェフスキーは、「いくつかのメディアで、Su-25 攻撃機とMi-24ヘリが撃墜されたと報道されているが、そのような事実はない」 とし、すべての航空機は任務を果たして帰還していると語った。26日のイタ ル−タス通信による。

■激しい戦闘で20人が死亡

6月7日のヴォイス・オブ・アメリカによると、アルグンなどでの激しい戦闘 により、20人が死亡、佐官級の指揮官も含まれていた。ロシア側公式筋によ ると、ゲリラ側14人が死亡、ロシア側はアウド・ユスポフ大佐をはじめ4人 が死亡した。大佐はアルグン地域の上級司令官であった。

■チェチェン議員、誘拐される

5月末、ロシア軍は、シャリ地区のアヴチュリー村の住民で、チェチェン議会 議員のジーナ・サイドゥラーエヴァを誘拐した。現在のところ行方はわかって いない。過去にチェチェンで行政の立場にあった者が行方不明になるのは、こ れが初めてではない。2001年、シェルコフスキー地区選出のアインディ・ イスラモフ議員も、ロシア兵に逮捕されて行方不明になっている。チェチェン 共和国大統領報道部による。

■ザカーエフ引渡し問題

6月9日のAP電は、チェチェンのザカーエフ副首相(44歳)の、ロシアへ の引渡しに関する審理の模様を伝えた。同副首相は、昨年12月にロンドンに 到着した際に、ロシア側の引渡し要求を受けた英国の官憲に拘束されたが、支 援者で女優であるヴァネッサ・レッドグレイブが保釈金を支払い、保釈中だっ た。

ロシア側は、ザカーエフがオサマ・ビン・ラディンと関係を持ち、90年代に 300人のロシア兵の殺害に関与していると主張している。ザカーエフ氏側は これを全面的に否定。レッドグレイブ女史らは、ザカーエフが97年に民主的 に選出されたマスハドフ政権の閣僚であり、和平交渉の当事者として行動して いると主張している。エドワード・フィッツジェラルド弁護人は、ザカーエフ 氏への容疑を「捏造されたもので、この審理自体が政治のために開かれており、 正義が無視されている」と弁論し、徹底的に争う構えを見せた。

また、同弁護人は、ロシアに引き渡された場合に公正な裁きは期待できず、む しろ虐待や獄死が待っているとして、引渡しに反対する態度を明らかにしてい る。ザカーエフ氏は昨年10月30日にも、同様の容疑でデンマークで拘束さ れたが、ロシア側の提供した証拠が不十分だと判断したデンマーク政府に釈放 された。

■ハズブラートフ、チェチェンは独立国と発言

6月6日、ラジオ・リバティーのプラハ本部での会見で、ルスラン・ハズブラー トフ・元ロシアソビエト最高会議議長は、次のように語った。

90年の4月10日、当時のゴルバチョフ・ソ連邦大統領は、連邦内の自治共 和国の地位を向上し、連邦構成共和国と同等とする法律に署名をし、ロシア連 邦内の自治共和国が独立を宣言した場合、ロシア連邦はそれを認証することに なっていた。これにより、民族自治共和国は、1991年10月のソ連邦崩壊 より前に、国名から「自治」という用語を削除ししており、法的にはすでにロ シアの一部ではなく、独立する権限を有していた。

各連邦構成共和国とチェチェン共和国は、90年の11月に独立を宣言し、適 切にその権利を行使した。ハズブラートフ自身は、1992年3月の新連邦条 約を促進することで、ロシア連邦の崩壊を防ごうとした。だが、チェチェンが 条約締結を拒否する限り、チェチェンは独立国として、ロシア憲法と、国際法 の両方を尊重しなけれならないはずだと結論した。

RFE/RL NEWSLINE Vol. 7, No. 106, Part I, 6 June 2003

■ガス供給網の経営者殺害される

6月9日のAP電によると、親ロシア派の「チェチェンガス化会社」の副社長、 アブドゥッラ・アルサヌカーエフ氏が、南西部のカタリユルト村の自宅で、殺 害された。凶器は自動小銃など。妻子は無事だった。チェチェン内務省の発表 による。犯行の動機は不明。