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チェチェンニュース Vol.03 No.43 2003.11.26

発行部数:1003部

■アレクシエーヴィチへの問いかけ、あるいは、変化の兆し

(2003.11.26 大富亮/チェチェンニュース)

 スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチという、ベラルーシ人の作家をご存知だろうか?

 彼女はミンスク大学のジャーナリズム学科を経て新聞記者になり、グラスノスチ(情報公開)の頃、アフガン戦争のドキュメンタリーを書いた。「亜鉛の少年たち」と題された記事は、帰還兵たちへの綿密な取材によって、アフガニスタンに対して繰り広げられた侵略のさまをソ連社会に伝えた。

 それはプロパガンダに慣れた人びとにとって衝撃だった。ある兵士の母親は、「自分の息子は国のために死んだ。アレクシエーヴィチの書いた恐ろしい真実など知りたくない」と、叫んだ。今日、アフガン戦争が侵略であったことは、ロシアの社会でも常識になっている。真実には、理解されるためにかなりの時間が必要な種類のものがあるようだ。

 この秋、彼女は日本を訪問し、各地でチェルノブイリ問題を中心に講演した。「チェルノブイリは、過ぎた問題ではなく、未来から来た問題なのです」と言い切るアレクシエーヴィチ。核、原子力は、過去の問題ではよもやない。私たちは神の火を制御したつもりでいながら、実のところ、半減期に数万年を要するその灰を始末することさえできないのだから。

 10月19日に行われた東京での講演会では、300人以上の聴衆が静かにその言葉に耳を傾けた。異例にも、この日、チェチェンに関連する質問が二つも出され、聴衆の関心が伺われた。世界が抱える問題をベラルーシの辺境で発見し、確実に読者を得てきたアレクシエービッチが、チェチェンに寄せた言葉は、ふたたび人びとの意識が変わることの、兆しのように聞こえた。

●チェチェン戦争についてどう思いますか?

アレクシエーヴィチ:

 これだけで別の集会が開けるようなテーマですね。このことについて話すなら、最近ノンフィクションの国際審査があり、賞を競っていろいろな国からの本の応募がありました。私が推したのは第二次チェチェン戦争についての本で、ロシアのジャーナリストのアンナ・ポリトコフスカヤによるものですが、彼女はこの戦争のことを犯罪として書いています。*注1

 私は、チェチェン戦争がロシアの犯罪だと思っています。全体としてはロシアの堕落、ロシアの精神生活の堕落とも言えますが、少数民族の根絶ともいえることが行われています。ところで、わたしは今や絶滅の危機に瀕している平和主義者の一人ですと申し上げれば、この戦争に対するわたしの見方は分かってくださいますね。

●モスクワ劇場占拠事件(ノルド・オスト事件)についてどう思いますか?

アレクシエーヴィチ:

 これも結局、チェチェン戦争についてどうかということですね。これは全体的に奇妙な事件です。

 ノーヴァヤ・ガゼータという新聞で、連邦保安局(FSB、旧KGB)からあのグループに送り込まれていた人物のインタビューを読み、それを書いたジャーナリストに会いました。つまり、まだ私たちはノルド・オストについて、真実のすべてを知らされているわけではないのです。*注2

 しかし私がテレビでこの一場面を見たとき、テロリストとされたあの美しい女性たちや、ホールで途方にくれたあの人々が見えました。そしてその後、人質になっていたベラルーシの何人かの人とも話しました。彼らはみな自分がチェチェン戦争の人質になっていると感じていました。この戦争はエリツィン時代に始まりましたが、今ではいつ終わるのかわかりません。

 ロシア軍がどんなふうにチェチェンで人を殺しているか、あなた方はそこで劇を観ていることができるが、われわれは非業の死を遂げつつあるのだ、ということを示したくて、あの人たちはモスクワにやってきたのだと、人質たちは理解していました。チェチェンの慣習から言って、女が武器を手にするのは、男たちが皆殺しにされてしまったときです。あそこにいたのはまさにその女たちなんです。あの女の人たちが本当に美しいのに胸を突かれる思いでした。

 なぜ彼ら全員を殺してしまったのか分かりません。まるで連邦保安局の痕跡が残らないように、証言者を皆殺しにしようとしたかのように。すなわち、このことすべてが恐ろしく、理解しかねる事件です。恥ずべきでもあり、恐ろしくもあります。

(2003.10.19 渋谷・カタログハウス・セミナーホールにて
訳:佐倉さくら/チェチェンニュース記者の録音をもとに、独自に訳出)

●アレクシエーヴィチとチェチェンの関連情報

来日講演会(終了)についての情報: http://cnic.jp/action/events/alex.html
チェルノブイリの祈り 〜未来の物語〜: http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/00/2/0013880.html
ボタン穴から見た戦争 〜白ロシアの子供たちの証言〜: http://gunzosha.com/books/ISBN4-905821-79-7.html
アフガン帰還兵の証言: http://www.nikkei.co.jp/pub/newbookstankoubon/16175/16175.html


*注1:今年ロシアで出版されたアンナ・ポリトコフスカヤ著「地獄の小さな隅に」のこと。有志が和訳を開始している。日本で出版を引き受ける版元はないものか? 英訳はシカゴ大学出版部から。以下は書誌など。

A Small Corner of Hell: Dispatches from Chechnya by Anna Politkovskayatr by Alexander Burry and TatianaTulchinsky Chicago UP, pounds 17.50,224 pp pounds 17.50 ( pounds 2.25 p&p) 0870 155 7222
http://www.press.uchicago.edu/cgi-bin/hfs.cgi/00/16135.ctl
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0226674320/ref%3Dbr%5Ffb%5Fnr%5F1/250-5152816-9145801
http://www.amazon.com/exec/obidos/tg/detail/-/0226674320/104-3825153-5622329?v=glance

*注2:同じくアンナ・ポリトコフスカヤによる、チェチェン人のハンパシャ・テルキバエフへのインタビューを指す。これによればテルキバエフは劇場占拠事件でチェチェンゲリラを劇場に誘導したが、特殊部隊の突入寸前に逃亡し、のちにストラスブールの欧州評議会に、ロシア政府代表団員として姿をあらわした。総合すると劇場占拠事件はロシア特務機関の挑発によるものであった疑いが濃厚だ。アレクシエーヴィチが「全体として奇妙な事件」と語るゆえん。

関係記事は次のURLに: http://chechennews.org/archives/20030508cn.htm