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チェチェンニュース Vol.04 No.16 2004.05.10

発行部数:1089部

■カディーロフの死を巡って

2004.05.10 岡田一男/映像作家

●打ち砕かれたフィクション

 5月7日の、プーチン・ロシア連邦大統領就任式を控えたロシアでは、今年 に入ってからの激しい戦闘を無視して、楽天的なチェチェン戦争終結の見通し が流され、あたかもマスハードフ・チェチェン共和国大統領自身が、進退窮まっ て投降を選ぶかのごとき噂が、さかんに報じられてきた。しかしこれらの虚構 が、5月9日の「ロシア戦勝記念日」という象徴的な日に打ち砕かれた。公式 報道では傀儡のカディーロフ大統領とイサーエフ国家評議会議長、ロイター通 信社ハサーノフ記者、それと巻き添えになった8歳の女児が死亡したとされて いるが、チェチェン独立派公式サイト「チェチェンプレス」によると、親ロシ ア政権の高官達ほぼ全員が爆発に巻き込まれ、壊滅状態となった。

 この事件は象徴的ではあるが、突出した事件ではない。4月6日には、隣国 イングーシ共和国のジャジコフ大統領の乗った装甲ベンツがナズラニから隣接 する首都マガスへの路上でロシア製乗用車を追い抜いた瞬間、その乗用車が自 爆し、破片が150m四方に飛び散る事件があった。ジャジコフは軽傷で済ん だが、数日後、シャミル・バサーエフが、「殉教者大隊リヤドス・シャリヒー ン」の司令官として、自らの責任で行われた作戦と声明した。そして、イングー シ政府が親ロシア政策を撤回しない場合は、再度攻撃し、チェチェンのカディー ロフにもそれが及ぶとを予告していた。

●激化していたゲリラ戦

 「チェチェンプレス」は毎週末に週間戦闘概況を掲載しているが、冬の間も ロシア側の戦死者数を50−70人とし、絶え間なく戦闘があったことを示唆 していた。春にはいると週間戦死者数は100人を超し、4月下旬には170 人と報じるまでになった。この数字はロシア側の報道とあまりにもかけ離れて おり、信用性に疑問もあるのだが、現地通信員を持つAP通信や、ラジオ・リ バティーなども、ロシア側の大被害を報じており、全く根拠のないものとは考 えられない。報復としてロシア合同軍は、遠距離からの砲撃と空からの爆撃を 頻繁に行い、一般住民に大きな被害を強いている。その中で、チェチェン軍東 部戦線司令官を務めるアラブ義勇兵、アブ・ワリドが死亡した。

 これまでの多くの「戦闘」は、ロシア軍の車列を待ち受け、無線遠隔操作地 雷で先頭車両を爆破し、場合によっては対戦車ロケットランチャーでだめ押し するなどの待ち伏せ攻撃が主だったが、4月には、ロシア軍ないしカディロフ 派民警特別部隊(OMON)が防御陣地をかまえる平原部の集落にも独立派の攻撃が 繰り返されるようになり、12日にはグローズヌイにつぐグデルメスなどの町 の奥深くに進入して対ロシア協力者狩りを行った。5月1日には、ツェントロ イ村のカディーロフの邸宅が攻撃された。ツェントロイは、カディロフにとっ て、ここだけは絶対安全と言われていた、血族の村であるにもかかわらず。

 チェチェンなど北コーカサスに展開する、連邦側の合同軍およびカディーロ フ派民警特別部隊は、プーチンの就任式にマスハードフの首を捧げようと血眼 になる一方、マスハードフは側近を次々と失い丸裸の状態で、甥一人を連れて 山中を逃げ回っていると報道してきた。だが、本当にそうだったのだろうか? 独立派政府の国家ラジオテレビ委員会は、マスハドフ大統領の春夏大攻勢開始 宣言のビデオをチェチェン山麓部のローカルテレビ局に持ち込み、放映させた。 マスハードフは、その演説の中で、カディーロフ派要員の戦線離脱と独立派へ の帰順をよびかけ、今年こそロシア軍をチェチェン国外へ叩き出す年だとぶち あげた。

●傀儡を継ぐのは誰か

 プーチンの対コーカサス政策は、カディーロフの死を持って挫折した。チェ チェンで血なまぐさい民衆弾圧をやって恐れられていたカディーロフの次男ラ ムザンは、戦勝記念日のこの日、なぜかモスクワにいた。モスクワのテレビ放 送は、ラムザンに弔意を伝え、復讐を誓うプーチンとのツー・ショット映像を 流した。日本でもこのシーンは報じられたので、ご覧になった方は多いであろ う。ラムザンの表情は、まったく生気がなかった。しかし、驚かされたのは彼 の着衣がスポーツウェアだったことだ。プーチンは2日前に再任式を済ませた 国家元首である。ロシアは服制には寛容な国だが、これは異常である。ラムザ ンは病室から寝間着のままでクレムリンに飛んできたのだろうか? 実は先週 ラムザンは、口論から部下に撃たれ、治療のためモスクワへ送られたとも、死 亡したとも伝えられ、ロシア側が必死で否定していたのだ。

 一部のロシアマスコミは、カディロフについでロシアの傀儡となる候補人物 を早くも論じ始めている。一人は、元グローズヌイ市長で、途方もないチェチェ ン復興資金着服により、モスクワで逮捕収監されていたのをロシア軍に救い出 されたガンタミーロフ・親ロシア政府情報相(1963年生まれ)。チェチェン選出 の元ロシア連邦下院議員アスラハーノフ将軍(1942年生まれ) - 彼はプーチ ンに妥協してコーカサス問題大統領顧問となった人物。ガンタミーロフと較べ れば人格的にははるかにましな人物だが... そして、3人目には息子のラムザ ン・カディーロフが、後継者争いに加わってくるだろうという予想もある。し かし、これらの誰が、プーチンのお眼鏡にかかろうと一般チェチェン人民衆か ら支持されることはありえない。

●暴力の連鎖を断たなければならない

 しかし、大きな問題は独立派の内部にも存在する。「血の復讐」を不文律 (アダート)としていまも保持する人々の間では、このような暴力の応酬も一 定の理解を得られるだろうが、外部世界の支持や理解を得られるものではない。 カタールにおけるロシア特務機関員のヤンダルビーエフ(前大統領)爆殺を非 難しつつ、ジャジコフへの襲撃やカディーロフの爆殺に快哉を叫ぶような風潮 は、世界の広範な支持を集められる訳はないのである。

 チェチェンとロシアの人口比は、200倍以上にもなる。まさに「巨悪」そ のものであるロシアの現代植民地主義と対抗するには、軍事力による対峙では なく、モラルの面で全世界がロシアを包囲し、身動きできなくさせるしかない。 チェチェン独立派に求められるのは、民族自決の要求が、普遍的な社会正義に 立脚しているという自覚だけではなく、その実現に向けて、道徳性に裏付けら れた行動を取ることだ。暴力の連鎖が、早急に断ち切られなくてはならない時 に来ていると感じるのは、何も筆者だけではないだろう。

 岡田さんのメールアドレス: kazuokada1@hotmail.com