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チェチェンニュース Vol.06 No.04 2006.02.01

発行部数:1581部

チェチェン総合情報:http://chechennews.org/
バイナフ自由通信:http://d.hatena.ne.jp/ootomi/


■ロシア社会の病:コーカサス・チェチェン恐怖症

●記事について

 チェチェン戦争はなぜ終わらないのでしょうか。

 ロシアがチェチェン戦争をやめられない理由はいくつも挙げられます。チェチェンにおける石油利権の確保、ロシア国土の一体性といわれるものの維持、軍産複合体による経済の私物化、そして失政や中央集権化を正当化する「有事」の演出・・・。

 けれども、こうした理由はいずれも一定の説明を与えてはくれますが、それだけでは過去11年間に人口の四分の一近くが殺戮された不合理な戦争の本質を捉えることはできないようにも思います。ロシア―チェチェン問題という非合理な現象の裏には、あるいは同じように非合理な理由が存在するのではないでしょうか。

 この答えの一つになりそうなのが、以下にお送りする『ロシア社会の病:コーカサス・チェチェン恐怖症』という、プラハ・ウォッチドッグに寄稿された論文です。チェチェン戦争は、ロシア政府が市民を「チェチェン恐怖症」に陥れ、ロシア人自身による反戦運動の芽を摘むことによって、巧妙に遂行されています。原文は長いのでお届けするバージョンは抜粋版なのですが、1月28日付のバイナフ自由通信より全文もご覧いただけます。

 病に蝕まれたロシア社会は、日本にいる私たち自身の姿を映し出す暗い鏡なのかもしれません。(植田那美)

 全文: http://d.hatena.ne.jp/ootomi/20060128/1138407849

■「ロシア社会の病:コーカサス・チェチェン恐怖症」

プラハ・ウォッチドッグ
http://www.watchdog.cz/?show=000000-000015-000006-000014&lang=1

2006年1月23日
Emil Souleimanov

 ロシアでは、古代以来つねに、内外の敵のイメージは肥え太らされてきた。その目的は、指導者にとって、より都合のよい方向へ民衆の舵を取ることで社会を動員し、みじめな社会的経済的状況から民衆の不満を逸らすことだった。そのため、冷戦が終結し、米国がもはや憎むべき「宿敵」としての役割を終えてしまったとき、ある種のイデオロギーの空洞が、それに取って替わることになった。

 今から10年前、ロシアのジャーナリスト、アレキサンダー・ミンキンは、日刊モスコフスキー・コムソモーレッツ紙において、以下のように指摘している。 「政府は今や新しい敵(敵はロシアの生命にとって不可欠な一部であり、現在その役割はチェチェン人に与えられている)を必要としている。なぜなら、敵がいるということにしておかない限り、なぜ60%ものロシア人が貧困ライン以下の生活をしているのかということを、政府は満足に説明することができないからだ。人々の不満は、現実に行使される暴力によって解消させることができる。ゆえに、その暴力は、何ヶ月も給料の不払いを続けておきながら家賃を値上げする政府や知事やクレムリンにではなく、チェチェンに向ける方がはるかに相応しいというわけだ」

■ソ連崩壊後のコーカサス諸民族像

 世論調査によると、ロシア人の外国人恐怖症は、1990年代半ばから特にコーカサスに向けられるようになっている。外国人恐怖症および民族恐怖症は、今日のロシアの深刻な問題を体現している。ロシアに在住する非ロシア人は国家に対して脅威であるかという質問に対して、実に55%のロシア人がそう思うと答えているのである。

 自覚的にせよ無自覚的にせよ、メディアは、ロシア社会の反チェチェン感情に火をつけた主犯であった。モスクワ市長ユーリ・ルシコフが、モスクワのカシールスカヤ通りのアパートの前で、裁判の経過を待たずに「これはチェチェン人のテロだ」と断定したことは、長く記憶されるだろう(*注1)。

 ウラジーミル・プーチンが首相在任時に言い放った台詞、「(チェチェンの)テロリストは便所に追い詰めて、肥溜めにぶち込んでやる!」も同様に有名だ。その3年前になされた、ミハイル・バルスコフ―当時のロシア保安局長―の発言は、より直截的かつ断固たるものだった。彼は、テレビカメラの前で、チェチェンの野戦司令官サルマン・ラドゥーエフ一派の行動(*注2)を、一言でまとめてみせた。「チェチェン人どもはどいつもこいつも、ならず者で、盗賊で、殺人犯だ」

 政府職員や政治家、識者による、チェチェン人やコーカサス人、他の諸民族に対するこうした発言は、極めて大衆迎合的なものになり始めた。そして、もはや煽動者そのものになったメディアは、それを助長することにためらいを覚えることはなかった。それ自体は日常生活の一部でさえある多くの個別の犯罪行為が、コーカサス先住民が関与していると推定されるやいなや、不必要に民族というレッテルを通して語られるようになった。というのは、こうした犯罪は、多数派であるロシア人の不安感情を増幅し、彼らに対する報復感情を正当化してくれるからである。こうして、ロシア人は、荒くれ者のコーカサス人とどこで遭遇するかわからない―道端で、学校で、政府機関で、サービスエリアで、その他どこででも、彼らと出くわす羽目になるかもしれない―と思うようになるわけだ。

 注1:1999年8月31日から、モスクワなどの都市部で大規模なアパート爆破事件が続発した。ロシア政府は物証なしに、これらをすべてチェチェン人の犯行であると断定し、9月23日に「テロリスト掃討」を掲げて、再びチェチェンへの空爆を開始した。これが「第二次チェチェン戦争」の始まりである。

 注2:第一次チェチェン戦争中の1996年、ラドゥーエフはダゲスタンの町キズリャルにある病院を占拠し、2000人以上を人質に取り、これを包囲したロシア軍との戦闘によって70人以上が死亡した。

■チェチェン人=テロリスト?

 反コーカサス感情は、1990年代半ばから主にチェチェン人をターゲットとするようになった。 1999年上半期の段階で、チェチェン人に対する憎悪がたった8.4%しかなかったという事実は興味深い。だが、(1999年9月の)ロシア都市部におけるテロ直後に行われた全ロシア世論調査センター(VTsIOM)によると、モスクワ市民の64%が力ずくでチェチェン人を首都から立ち退かせるべきだと回答し、68%がコーカサス人への信頼関係が顕著に悪化したと答えている。

 ソ連邦崩壊後、「ならず者」や「テロリスト」「過激主義者」「分離主義者」といった負のレッテルを貼られた単語は、今や「チェチェン人」(あるいは「コーカサス人」)と同義語になってしまった。こうしたステレオタイプな表現は過去に存在したし、今もテレビやラジオ、放送、新聞で、あるいは物語や本の中に、繰り返し現れ続けている。しかし、これはかなり危険なことである。なぜなら、ロシア人の惰性的な民族恐怖症(または地域恐怖症)は、それが形成されることになった政治的な理由が解消された後でさえ、大衆意識の中に生き延び続けるからだ・・・。



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