チェチェン総合情報
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チェチェンニュース Vol.06 No.05 2006.03.09

発行部数:1581部

チェチェン総合情報:http://chechennews.org/
バイナフ自由通信:http://d.hatena.ne.jp/ootomi/


 3月8日は、一年前にチェチェン独立派の大統領アスラン・マスハドフが、ロシア軍に暗殺された日です。あの日をさかいに、私の中にあった楽観的なものが、ひとつ消えてしまった気がします。マスハドフに対しては、いろいろな評価がありえると思うのですが、私個人は、彼が抵抗の戦いを続けながらも、最後までロシアとの和平交渉を呼びかけていたことが、チェチェンを支援しようとする者としての大事な拠り所のように感じられていました。そう感じる人が少なくないからこそ、彼は命を狙われたのだとも、思います。

 私だけではなく、チェチェンの情勢を心配している人の多く、なによりチェチェンの人々にとって、「マスハドフのいない時代」が続いていると思います。それは、選挙された指導者がいない政治の時代というだけでなく、和平という目標を、一時的にせよ見失うことでもたらされる、報われない戦いが続く時でもあります。この不在とも、なんとかつき合って行かなければなりません。政治家の一人が居なくなっても、大勢のチェチェン人がチェチェンにおり、そこから世界に離散していきつつあるには、変わりがないのですから。

 なにかもっと書かなければならないことがあるような気はするのですが、もうすぐ夜が明けて、ラジオがチェチェンからの無惨な知らせを伝えた時間がやってきます。(大富 亮)

 関係記事: http://chechennews.org/chn/0508.htm

■放たれた毒 アンナ・ポリトコフスカヤ

 (記事について) 昨年12月のはじめに、チェチェンのある地域の小学校で、 頭痛や呼吸困難などの発作のために入院する子供達が急増しはじめました。 ロシア政府に関係する医療機関は、「戦争によるストレスが引き起こした 神経症だ」と発表しましたが、当時から「何らかの毒物のせいではないか」 という声が絶えずありました。( http://chechennews.org/chn/0601.htm )

 この現場に、アンナ・ポリトコフスカヤが行き、 ノーバヤ・ガゼータに記事が掲載されました。 今回は、ガーディアン紙に掲載された英文記事からの翻訳をお送りします。

■放たれた毒 ( Poison in the air )

2006年3月1日(水)
英/ガーディアン紙 http://www.guardian.co.uk/g2/story/0,,1720318,00.html

 1994年の11月以来、ロシア連邦の北コーカサス・チェチェン共和国では判断基準というものが変動し続けてきた。長年にわたってモスクワ政府はこの戦争に様々な名称を与えてきた。ときにそれは「チェチェンの秩序の構築」と呼ばれ、国際的な「反テロリスト」時代の開始以降は「反テロリスト作戦」となった。けれども、7万人から20万人と推定されるロシア軍兵士があたかも敵地にいるかのような作戦を遂行しているにもかかわらず、それが戦争と呼ばれることは決してない。民間人は軍事衝突の標的になっている。チェチェンで生活し、働いている人にとっては、連邦軍が新種の兵器の実験を行っていることは12年間周知の事実である。シェルコフスク地区で起こった事件は、まさにそうした最大の事例に当たる。

 昨年12月、シェルコフスク地区の学校で大規模な中毒が発生したという報告が寄せられた。新年に入る直前、政府の委員会は事件に関する公式な見解を表明した。「ご安心ください――中毒ではありませんでした。ストレスによる集団精神病です」。だが、チェチェンにいる誰がこんな説明を信じていただろうか?

 シェルコフスク地区病院の一室、壁際のベッドの上で、シーナと呼ばれる若い女性が発作に襲われている。彼女の顔は青白くなったり黄色くなったり真っ赤になったりしている。弟がシーナの舌を伸ばすために彼女の歯をスプーンでこじ開け、母親が痙攣を押さえるために彼女を上から押さえつける。今、少女はありえない角度で体を曲げている。シーナの踵は彼女の後頭部に触れているのだ。

 (事件から)3週間が経過した1月6日になっても、彼女の状態に改善は見られない。アセット・(シーナ)・マガムシャピエヴァは、被害者の大半が通っていた学校の生徒ではない。彼女は20歳の教育実習生で、教育実習を行うために学校を訪れていたのだった。年輩の看護士が注射器を持って入ってきた。発作はすでに15分も続いている。この看護士は一人で40人もの患者の世話をしており、先ほどまでは隣室のマリーナ・テレシェンコを診ていた。マリーナも似たような発作に苦しんでいる。

 ―注射器の中には何が入っているのですか?

 「鎮痛剤と鎮静剤です」と彼女は溜息をつく。

 ―でも実際には効果がないのではないですか?

 「この他には何もないのです」と彼女は言う。「どうやって治療しろというのですか?鎮痛剤は少なくとも発作から痛みを取り除いてくれますし、鎮静剤によって彼らを落ち着かせ、発作の後に眠らせることができるのですから・・・」

 臨床薬理学士の副代表ラバダン・アフメットハノヴィッチ・ラバダーノフが到着した。ラバダンは悲しげにシーナを見つめている。鎮静剤が静脈に打たれるとすぐに彼女の頬に涙が流れ始めた。すでに発作が起こってから47分が経っている。少女の視覚も聴覚も正常に機能してはいないが、彼女が呼吸を取り戻し始めたことは明らかだった。「涙は発作が終わったという合図なんです」と母親は言う。

 ―こうした発作はどれくらいの頻度で起こるのですか?

 「1日に3回か4回です。彼女が舌を飲みこまないようにするために、歯を折ってしまいそうになります」と母親は言う。

 「本当に苦しいです。シーナもこうした発作で疲れ果てています・・・もしもこれが何の中毒であるのか明らかにしてくれれば・・・発表してくれないとしても、どうやって治療すればよいのかを私たちに教えてくれさえすれば・・・政府はいつまでこんなことを続けていくのでしょうか?」

 病院の主任医師であるヴァーハ・ダルダエヴッチ・エセラーエフのオフィスを訪ねた。

 「この病院の医師は当初からこうした被害者の治療に当たってきました」と彼は言う。「未知の原因による中毒という自分たちの診断を取り消す気はありません。いったい何がどうなれば、あれがヒステリーや集団精神病になるというのでしょうか?」

 ラバダーノフが疲れた様子で入ってきた。ジャミルヤ・ハリローヴナ・アリーエワとラバダーノフは、子どもたちが意識不明に陥っているという報告を受けて、12月16日にスタログラドフスク村の学校に最初に呼ばれた人物だった。

 「どの子どもにも精神的な興奮や幻覚、さらには奇妙な種類の笑いが見られました」とラバダーノフは思い起こす。

 「激しい発作もあり、手の打ちどころがないように見えました。私たちは鎮静剤と抗痙攣薬を投与しました。けれども、発作は繰り返し起こっていました。確信していますが、あれだけ多くの子どもたちがただ単にヒステリーを起こしただけで精神的な興奮状態に陥ることは決してありえません。必ず何か原因がありました。委員会が言っているようにこれが単なるヒステリー性の発作だとすれば治療も簡単だったでしょう」

 エセラーエフが口を挟む。

 「もしこれが噂やメディアによって広がった集団精神病だとすれば、最初に反応するのはこの地域で私たちが受け持っている80人以上の統合失調症と同数の癲癇患者だったはずです。けれども、彼らはそうした反応を示しませんでした。検査も行いました。被害を受けた学校に毒性の何かがあったのだと思います。ですが、政治的な状況はご覧の通りで、その可能性は否定されてしまいました。原因が何であるかはわかりません。それを突き止めるために必要な情報がないのですから」

 病院にはコンピュータは一台もなくインターネットへの接続もできない。この先例のない症例に遭遇した医師は誰一人としてウェブ上に救援要請を出すことができなかった。

 ―これからどうなるのでしょうか?

 「わかりません。行き止まりです」

 ―どうやって治療しているのですか?

 「対処療法です。発作があれば抗痙攣薬を投与します。痛みがあれば鎮痛剤を打ちます。ですが、発作は続いています。私たちは繰り返し何らかの治療計画が必要であると訴えています。けれども私たちが治療計画を行えるよう促し支えてくれる人は誰もいません。モスクワとグローズヌイの委員会はここを訪れて患者たちに『演技を止めろ』と言ったのです。けれどもどうすれば彼らが演技などできるというのでしょうか?患者と一緒にいたのは私たちだけだったというのに。彼らを襲ったのは、神経系を過敏にさせるある種の有毒物質です。ドアを開ける音や小包が鳴る音によって発作が引き起こされることもあります。今まで知られているどんな病気にもこんなものはありません」

 地元の住人の大多数がそうであるように、被害者の家族も、汚染の原因はスタログラドフスクの学校の女子トイレであったとと考えている。被害者の全員が一時はそこにいたからである。誰であれトイレに入った人が最も重症で、その付近にいただけの人は軽症であったということがはっきりしている。医師はそれが直接距離に反比例して影響力を減少させる有毒物質―最も可能性が高いのは固形の有毒物質だが毒ガスが散布された可能性もある―によるものであると主張している。シェルコフスクやシェルコザヴォドスクの学校の事情も同様である。

 病人が学校という時間と空間によって明確に限定される範囲にいたことで、大規模な病気が発生した状況の詳細は明らかになっている。例えばシェルコザヴォドスクでは、校舎の一階にいた生徒だけが病気になっている。当日登校しなかった生徒は今も健康だ。

 すべては12月7日に始まった。スタログラドフスク学校に通う13歳のタイーサ・ミンカイロヴァは、呼吸困難と発作、激しい頭痛、四肢の痺れに襲われるようになった。両親は彼女をダゲスタンのキズリャールの病院に連れて行ったが、治療の効果はなく彼女の状態は悪化した。12月9日には同じ学校の2人の高校生が同一の症状に襲われ、グローズヌイの病院に運ばれた。

 入院患者数が最も多かったのは12月16日で、スタログラドフスクから19人の子どもと3人の大人がシェルコフスク病院に運び込まれた。医師は、意識不明と昏睡状態、発作、衰弱、記憶喪失、激しさを増す窒息、四肢の痺れ、悪寒の複合状態であると診断した。子どもたちは目に鋭い痛みがあり粘膜が乾燥していることを訴えた。これが中毒症でありその発生源が学校にあったことは明らかだった。12月16日、チェチェン大統領代行職員代表のV.ボリスキナを議長として、政府の委員会が立ち上げられた。軍事専門家と化学防衛担当者が招聘された。国際赤十字と国境なき医師団によって薬が提供された。

 そして分岐点が訪れた。軍事専門家からの結論を記したメモがスタログラドフスクとシェルコブスクから委員会の議長席に届けられた。私たちはコピーを入手したが、二日以内に調査者はメモの流布を停止した。報告によると「毒物の発生源は第一校舎の中―おそらく[病気になった教師が勤務していた]二階―にあった。直接的な接触はありえないが、感染の主な経路は呼吸系の可能性がある。有毒物の総体はおそらく液体または固体であり、環境の影響次第で有毒ガスに分離した可能性がある。[被害者の症状という]臨床例のみから有毒物質の形態を正確に決定することは不可能である。勧告:有毒物質が何であるかを明確にするために、被害者の毒性試験を行い、必要な装置と試薬を用いて毒物学の専門家による検査を行うこと」

 12月17日以降、依然として中毒症状が見られるという事実を無視し、委員会は突然見解を精神病に一変させた。12月19日には生徒がコビやシェルコザヴォドスク、シェルコフスクの村の中学校から運びこまれた。17もの窒息の症例が報告された。幾人かは危篤状態で昏睡に陥っていた。12月20日、シェルコフスク地区のすべての学校が休校になり、チェチェン共和国の検事総長が犯罪捜査を開始した。

 そして12月21日、政府の報告書は突然「すべてマスコミのせいである」と発表した―テレビでその話題が取り上げられる回数に比例して発作が増え新たな患者が現れると言われた―。12月22日、チェチェン共和国の主任神経学医であり精神病医でもあるムサ・ダルサーエフが診断を下した―いわく中毒ではなく「心因性の原因による擬似的喘息症候群」あるいは「精神的な自己催眠」である―。ダルサーエフは親を集め、病気の子どもたちは演技をしており母親が彼らを甘やかしているとして責め立てた。彼は発作がただの「ショー」であり、観客がいなければ終わるものであると主張した。彼は被害者の母親たちを「映画配給業者」―金目当てにに子どもの病気を長引かせようとしているクズ―と呼んだ(被害者の家族は現在に到るまで誰も物質的な支援を求めてはない)。

 12月23日にはさらに81の症例が記録され、シェルコフスク地区にパニックを引き起こした。ダルサーエフや委員会の言うこと―以下の結論―を信じる者は誰もいなかった。

 1) 化学的な毒が撒かれたという証拠はない。

 2) 校内に危険物は発見されなかった。

 3) 最終的な診断は解離性障害―行動と情緒の分裂病、筋肉運動の分裂病、分裂性の発作―である。

 4) 委員会の結論は、チェチェン共和国で続いている非常事態によって、シェルコフスク地区で集団ヒステリーが引き起こされたというものである。

 12月25日に病院は最初の被害者を退院させ始めた。12月26日には、公衆衛生事務局の国家代表であるゲンナディ・オニシェンコがチェチェンを訪れ、心配や健康を脅かす現象はまったくないと言明した。その2日後、アル・アルハーノフ大統領がすべては集団精神病だったとプーチン大統領に報告するためにモスクワを訪問したことによって、この「成功」は確実なものとなった。その後、アルハーノフはプーチンに対して、集団精神病の再発を防ぐ立派な建物を造るために短期的に必要とされる資金に関する報告書を提出した。12月31日には、17人の子どもと3人の大人―大半は重症だった―が、ゼレズノボドスクのサルユト児童療養所から運び出された。

 他の患者たちもそれほど幸運だったわけではない。残りについては[訳注:紙面の関係から説明の]余地がない。アセット・マガムシャピエヴァやマリーナ・テレシェンコは、政府の嘘と傍観の犠牲者である。なぜなら彼らは「正しく」報われることがなかったから。政府は彼らを詐病者として忘れてしまうよう私たちに命令しているようなものである。

 これは特殊な例ではない。シェルコフスク地区の中央病院で、アリーエワは秋に起こった類似の―これほどまでには深刻ではない―事件を挙げる。 「9月23日に、19人の子どもと1人の教師が似たような症状でスタロチェドリンスカヤ村から運ばれてきました。同じように奇妙な笑いや幻覚が見られました―恐ろしい光景でした」

 エセラーエフは言う。

 「結果は法医学の専門家の研究室でも分析されました。そこでは、子どもたちは一酸化炭素中毒であると認められました。いったいどうして、酷暑の中、ストーブも燃やされてなかったときに、そんなことが起こるというのでしょうか?私たちは文句を言いましたが、すべては終わってしまいました」

 エセラーエフは、12月の汚染に関する委員会による結論と同様に、分析結果が「政治的」であると考えている。

 ―それではスタロチェドリンスカヤでは何が起こったのでしょうか?

 「今と同じ―未知の化学物質による汚染です。私たちの子どもを使って未知の化学物質が実験されているのです」

 スタロチェドリンスカヤ中学校の校長であるハリド・ドゥダーエフも同じことを確信している。

 「9月23日の時点で私は刑事的な手続きと捜査を行うことを要求しました。10月23日には『犯罪が行われたという証拠がない』という理由で手続きの開始が拒否されました。その日、二度目の大規模な汚染がありました。8人の生徒が被害を受けました。それ以来、彼らは精密検査を受けており、勉強することも難しい状態です」

 被害者の父親であるアブゾ・シャミーロフは言う。

 「娘のセダは慢性的に高血圧になってしまいました。彼女はいつも具合が悪いのです。私たちは何もすることができません。あの秋が来るまでは、彼女は決して病気になることなどなかったのに。今は鼻血や慢性的な頭痛に苦しみ、手足は冷たくなっています。いったいどうすればよいのですか?」

 似たような中毒症状は、2000年7月26日にグローズヌイ農場地区の住宅地スタリエ・アタギでも発生した。そこでは二度の弱い爆発音が響き、銀がかかった紫色のチューリップの形をした円柱状の煙が150メートル上空まで舞い上がった。それによって村の外れまで広がる雲が発生した。

 疫学報告書の結論によると「爆発があった翌日、中毒症状―強烈で激しい発作、意識の喪失、激しい情緒不安定、自己抑制的な動き、抑制できない嘔吐、激しい頭痛、恐怖の感情、場合によっては吐血―を示す最初の患者が現れた」。

 けれどもこうした事件には違いもある。スタリエ・アタギの悲劇では23名の患者のうち3名が2日以内に死亡した。調査の結論によると「スタリエ・アタギの住人に対する汚染は、感染によって発生したものではなく、奇病を引き起こす化学混合物によるものであった」。

 話は2006年に戻る。私たちの背後には、地雷を撤去し爆弾を除去するための短い休戦期を挟んだ11年の戦争がある。あまりにも多くの戦争犯罪が行われてきたために、司法はこうした蛮行を裁くことを恐れるようになっている。けれども、イデオロギーは以前と同じように残っている―不幸にもチェチェンで生きている人々は人体実験の材料であると見なされているのである。

 当局は最も重態の患者を南ロシア最大の都市スタブロポリの医療学術専門病院に連れて行くことで彼らを隔離しようとしている。そこで起こっていることについては秘密が保たれるからだ。治療の間、どの薬が注射されているのかということや分析の結果がどうであったかということを伝えてもらえた患者は一人もいなかった。退院するときにも、施された治療の実態に関する記録はカルテにまったく記載されていなかった。

 シェルコフスク地区では、汚染された学校は閉鎖された。親たちは健康な我が子を再び学校に通わせることを拒否し、校内を無害化して被害者の診断名を公表することを要求した。当局は何も特別なことは起こっていないと主張している。

 この記事はノーヴァヤ・ガゼータに最初に掲載された記事の編集版です。 (訳:植田那美)

■最近の読みもの

●ロシアのNGO規制法まもなく発効

 ロシアでチェチェン戦争に反対している勢力はまずNGOだが、ロシア政府はNGO規制法を議会に通過させた。

 公式にはまだ発効されていないはずのロシアのNGO規制法が、チェチェンの人権状況を監視するNGOへの圧力を強め始めている。11年におよぶ戦争の中でチェチェン人に対して執拗に繰り返されてきたネガティブ・キャンペーンが人権団体と独立系メディアに向けられたとき、チェチェン戦争はいつまで続くことになるのだろう。考えたくもないけれど、考えなくてはならない。NGO規制法はあと数十日で発効する。

 続きを読む http://d.hatena.ne.jp/ootomi/20060228/1141087522#seemore

●2月23日の記憶 強制移住の記念日に

 62年前の今日、チェチェンの人々が、ときのソビエト政権に強制移住されました。

 「・・・列車が止まって外に出るのが許されると(貨車を)飛び出して雪を頬張ったもんだ。ウラリスクに止まったときのことだよ。カザフスタンの今はオラリ市だね、ウラリスク州の・・・ドアが開かれると直ぐに聞かれたよ。「死んだものはいるか?」とね。うちらの貨車では、先ず隣家の9歳の男の子が、二日目に死んだ。乗せられる前から病気だったんだ。何しろ水が無かったから。

 それに続いて女の子たちが… うちら(チェチェン人)は、とてもしつけが厳しくてね。(女の子たちは)尿意を催しても恥ずかしがって、言い出せなかったんだ。そのうちに膀胱が破裂して、尿が体に回ってしまってね、女の人たちが沢山死んでいったんだ。自分が乗っていた貨車は前から4両目か5両目だったけれど、とにかく最初に出発した列車だったんだ。(グローズヌイの)町の近くに住んでたから。雪の中に点々と死体があったけど、殆どが女性だった。男は少なかった」[2/23 ChechenWatch]

 続きを読む http://groups.msn.com/ChechenWatch/general.msnw?action=get_message&mview=0&ID_Message=1880&LastModified=4675561452817837456

●プーチン大統領論文 「挑戦、可能性、責任」

 「ロシアが議長国として重視する上記3点(エネルギー、鳥インフルエンザ、教育)の問題とともに、G8では2006年に国際テロや大量破壊兵器拡散といった重要な方面でも作業が続けられる。発展をめぐる協力や環境破壊の予防、国際経済、財政、貿易に関する緊急を要する問題にもG8の注意が中心的に向けられる。もちろん、私たちの努力は、これまでと同じように、何よりまずイラクはじめ中東などでの地域紛争の解決や、アフガニスタン情勢の安定化に集中されることになる」 [3/2 朝日](チェチェンの話はしないでね、という意味)

 論文 http://www.asahi.com/international/update/0301/003.html

■最近のチェチェン関係の動き(新しい順)

●2006.03.02 ラムザン・カディロフ首相就任へ

 チェチェン共和国議会(親ロシア派)は、 2月27日に辞任したアブラモフ前首相にかわり、ラムザン・カディロフ第一副首相の首相就任を承認しました。 カディロフは29歳、2年前に暗殺された(親ロシア派)元チェチェン大統領アフメドハッジ・カディロフの息子です。

 いくつかの人権団体は、ラムザン・カディロフが違法武装集団を保持し、市民を拉致、虐待していることについての責任を負っていると指摘しています。 [3/2 Itar-Tass]

 彼は「民主主義国家として再スタートを切った」はずのチェチェンで選挙を経ずに堂々第一副首相になり、私兵集団「カディロフツィ」の暴力を背景に政府を掌握している最悪の犯罪者の一人です。

 詳しくはこちら http://chechennews.org/basic/biograph.htm#rKadyrov

●2006.02.27 対テロ強硬策容認の新法可決

 ロシア下院は26日、テロ犯に乗っ取られた航空機や船舶を、軍が一方的に人質もろとも破壊する権限を認める新法「テロ取り締まり法」を可決した。[2/27 読売] http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20060227it02.htm

 今までモスクワ劇場占拠事件やベスラン事件などで続いた、 「中に人質がいるのに強行突入〜何もしないよりひどい結果」 パターンを、法律で認めようということのようです。狙いは厳罰化と同じで、テロの抑止か、あるいは事件が再び起こるのを見越して、人質の殺傷を合法化しておくことだと思います。下院はプーチン政権の翼賛政党しかいないので、この結果になりました。今までは人質救出の能力がなかったわけですが、今回のことで、そもそも救出する意図がないことがわかりました。

 「何もしないよりひどい結果」というのは、チェチェン戦争そのものにあてはまるかもしれない。ロシアの体面を保ち、軍産複合体を回転させる以外、なんの必要もない戦争から、まず撤退するべきではないのだろうか?

●国連人権高等弁務官のイングーシ訪問

 今、チェチェンの隣国イングーシには、国連のルイス・アーバー人権高等弁務官が訪問している。20日、イングーシ議会のマフムド・サカロフ議長と、イングーシの難民団体の代表たちは弁務官に面会し、彼らの北オセチアへの帰還のための援助を要請した。(1990年代の始めに、北オセチアとイングーシの間の領土紛争と、それに介入してきたロシア軍により、イングーシ人の一部は土地を奪われて難民化している)

 難民たちは、コザク南部連邦管区大統領代表による他地域への移住の提案に反対して集めた署名を持参した。難民たちはこの提案を「保留地」に追い込もうとしているとして反対している。

 アーバー弁務官は、ナズラン郊外にある、チェチェン人と北オセチア人のための難民キャンプも訪問した。難民たちは、生活の状況を訴えるとともに、チェチェン戦争で家を失ったにもかかわらず、12万ルーブルから35万ルーブル(50〜150万円)程度しか、ロシア政府からの補償が得られていないと訴えた。 [2/21 RFE/RL]

 ロシア軍とチェチェン独立派の応酬の続くチェチェンを訪問した国連のルイス・アーバー高等人権弁務官は、「ロシア軍が負っている、チェチェン共和国の秩序回復という困難な任務を過小評価するものではありませんが、多数の人権団体がもたらした人権侵害の報告には、深く憂慮せざるを得ません」と語った。

 このコメントは、グロズヌイでのチェチェン政府(親ロシア派)の地方検察官ヴァレリー・クズネツォフとの会談の際のもの。このとき高等弁務官は、市民の行方不明事件、拷問、自白の強要などは、治安部隊が関与しているという証言が得られたと指摘した。その上で彼女は、ロシア政府の、同共和国での秩序回復作戦に関連した犯罪に対して、独立した捜査組織を設置することを提案した。

 クズネツォフ検察官は反対した。「この国には文民・軍検察が存在します。もし軍が誘拐に関与しているなどということが判明すれば、その事件はただちに軍検察局に回されるはずです」

 (さらにロシアの検察官はこう語った)「行方不明者の件数は2004年の 228人から、05年の117人に減ってもいます。・・・尋問における暴力と言う点では、問題はチェチェンやロシアだけではなく、世界中にあります。そういうやりかたはイラクでも使われているのです」と。

 21日、アーバー女史はイングーシのチェチェン難民キャンプを訪問した。 RIAの報道によれば、難民の貧しさと悲惨さに、「気絶せんばかりだった」という。現在もイングーシには、4万2千人の難民が一時的なシェルター(おそらく民家などへの分宿)で避難生活を続けている。 [2/22 telegraph http://www.dailytelegraph.news.com.au/story/0,20281,18234155-5001028,00.html]

 括弧は訳注。語るに落ちるというか、あぜん。

 イングーシの難民キャンプは05年までに全廃されたと思っていました。補償金は、出ているだけでも意外な感じですが、比較的恵まれたキャンプが視察対象に選ばれたのではないかという気も。自分が家屋敷をすべて失って家族とテント生活をしていたら、この金額では2〜3ヵ月の生活費とかに消えてしまう金額です。

 (追記):23日にアーバー女史とプーチン大統領は会談し、その席でプーチン大統領は、「国家には人権に配慮する責任があり、国連をはじめとする各国際機関との関係には大きな意義がある」[2/23 Mosnews]と発言。無難な線を狙います。 http://www.mosnews.com/news/2006/02/23/putinhr.shtml"

●2006.02.20 ブダーノフ早期釈放か

 チェチェンの少女を殺害したために懲役10年の刑についていたロシア軍のユーリー・ブダーノフ大佐が、模範囚として近々釈放されるという。ブダーノフ大佐が18歳のチェチェンの少女ヘダ(エリザ)・クンガーエワを殺害し、2003年6月に判決が出た「ブダーノフ事件」は、ロシア軍が人権侵害事件をどう扱うかのテストケースとして、注目されていた。ボルガ連邦管区の刑務所当局者のニコライ・ズーコフは、ブダーノフが今年中にも釈放される見込みであること、そして、刑務官たちはブダーノフを「好ましい」囚人だと考えていると語った。[2/14 AP]

 ブダーノフ事件についてはこちら。やっぱり。 http://chechennews.org/archives/20020526nv.htm


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