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チェチェンニュース Vol.06 No.08 2006.04.22

発行部数:1555部

■映画「大統領のカウントダウン」 または、笑えるプロパガンダ

(大富亮/チェチェンニュース発行人)

うーん、すごい映画を見てしまった・・・。

ロシア製のアクション映画、「大統領のカウントダウン」は、連邦保安局(FSB)の少佐を主人公に据え、「700万ドルの巨費」(8億円ちょっと)を投じて、「ロシア軍全面協力」のもとに製作された映画で、チェチェンとモスクワと、ヨーロッパの上空を飛ぶ飛行機を舞台にしている。こう書くだけで嫌な予感はもう全開。

『ロシア人の富豪ポクロフスキーと中東のテロ組織「アンサール・アラー」が手を組んでチェチェン戦争を起こしたために、ロシア政府はチェチェンに連邦軍を派遣している』そういうテロップが映画の最初に流れて、一大活劇がはじまる。

●あらすじ

チェチェンで独立派ゲリラに誘拐されたFSBの少佐スモーリンが、薬を打たれて「モスクワ住宅爆破は俺がやった」と自白させられてビデオに撮られるが、自力でチェチェンから脱出。

そのころ、ジブラルタルの白亜の邸宅に住まう富豪ポクロフスキーが、アラブの砂漠に本拠を構えるヒゲ面ターバン姿の黒幕と連合軍を作って、モスクワのサーカス劇場を占拠して、観客を人質にとる。対策本部に詰めるのは、少佐の直属の上司の「将軍」。有能かつ融通がきき、部下の信頼のあつい人という設定だ。

人質のなかに娘がいることを知った少佐は、単身サーカスに乗り込む。そこではポクロフスキーの手下、アラブ人ゲリラ、それらにだまされている頭の悪そうなチェチェン人たちが数百人の人質をとっているが、少佐は超人的な格闘力を発揮して劇場を制圧するのだった。

シェレメチボ空港。装甲車でサーカスを脱出したアラブ人たちは輸送機に乗り換え、アメリカ人記者を道連れにしてヨーロッパに向かって飛び立ち、爆弾にプルトニウムをセットする。さあどうする世界、って感じである。

●嘘と本当をミックスして

この映画、問題はどんなところにあるのだろうか。金曜の夜、観客の数はひいふうみいようと数えられそうな劇場では力の抜けないこともない。

まず、この映画は娯楽映画のはずなので、人物、事件ともフィクションのはずだ。だから、2〜3日経つと忘れてもいいはずなのだ。が、チェチェン戦争という実在の事件を題材にしているので、そうはならない。少なくとも、冒頭の部分の説明はおかしい。チェチェン戦争は、1994年にロシアがチェチェンの独立を阻止するために始めた戦争ではなかったろうか?

嘘と本当をてきとうにミックスして、観客はこういうシナリオを読まされる。チェチェン戦争をあやつっているのはウサマ・ビン・ラディンとベレゾフスキーで、キセリョフ始め反政府的なマスコミ人はその手下。モスクワアパート爆破が「FSBの仕業だ」と告発するロシア人もたまにいるが、それは薬を打たれたから。独立派はバカだから騙されていて、西側はテロの脅威を前にしてすすんで協力してくれる。

FSBは正義のスパイ組織になる。人質たちがロシア治安当局の毒ガスを嗅がされて死んだ劇場占拠事件は、ダイ・ハードと同じやもめ男がたった一人で潜入して無血解決する「サーカス占拠事件」になる。チェチェン人たちを演じる役者達にはひとかけらの人格も与えられず、「アラブ人にだまされた小悪党たち」になる。

●個人攻撃

ことわっておくと、私はベレゾフスキーなんか嫌いだ。しかし、チェチェン報道で政府につぶされた独立テレビ(NTV)のキセリョフ社長によく似たメガネをかけた男が、映画の中では「ポクロフスキー」のスピーチライターになって、「ここは真剣な表情で」とか助言しているのを見ると、「ロシア軍全面協力」をうたうこの映画が、何を目的としているのかが、少しづつわかってきた。

サーカスを占拠するチェチェン人のゲリラの一人は、「人間信管」になって爆弾に接続される。両手の平に電極をつけて、それを接触させている間は爆発しない。けれども、これを外すと爆弾は爆発すると知らされる。その姿はちょうど、仏教僧が祈りを捧げる姿にそっくりだ。わたしはこれを見て、ロシアはじめ各国でチェチェン平和運動をしている日本山の寺沢上人を思い出してしまったし、逆に、この映画を見たロシアの人々は、いつか寺沢さんの姿を見たとき、このテロリストの姿を連想すると思う。

映画の中の「サーカス占拠事件」では、犠牲者はほとんど出ずに事件は収束する。それはブルース・ウィルスのようなユーモアはなくて無表情だが、ずっと超人的なスモーリン少佐と、話しがわかって人望のあるFSB将軍がいるからだ。

モスクワ劇場占拠事件の結果をみて、いくらなんでもあれはあんまりだ、と思うのはわたしたち以上に、ロシアの人々だろう。チェチェンゲリラによってではなく、ロシア治安部隊の投入したガスで200人近い人々が死んだ事実を、荒事師たちは換えられるものなら書き換えたい。ロシアの対チェチェン戦争を「正義の戦争」にしたければ、そうするほかはない。

●笑いの取れるプロパガンダ

ロシア軍の実在の軍人をモデルにしたというこの映画はフィクションではなく実話で、ただ、思いきりねじ曲げられているだけだ。この映画に「全面協力」したロシア軍、もちろんその背後のロシア政府の意図だけは真実味がある。それは、チェチェン問題では、ロシア政府と異なる立場は、すべて邪悪だと印象づけることだ。

ちょっとだけ我慢をすれば楽しめる。まず、映画のどこにも大統領が出てこなくても、邦題のことは気にしないこと。内容は「ダイ・ハード1・2」や、ジェームズ・アール・ジョーンズが脇を固めた映画「パトリオット・ゲーム」のコピーペーストで、思い切った大味な演出が大作映画らしくて最高だ。結局、大暴れの悪人たちが何をしたかったのかさっぱりわからないところもおちゃめで、伏線とか必然性と言う言葉を、この映画に限っては忘れておけば、ストーリーの矛盾も気にならない。とくに、飛行中の輸送機に少佐が現れるシーンは意表を突く。

それに、ストーリーに何の関係もなく2、3人のセクシーな美女が登場して消えるあたりにも、製作者側の熱いメッセージが感じられる。「僕らは観客というものを理解しているよ!」と。これを楽しまないのは野暮というものだろう。

ロシア政府が製作に関わっているわりには、堂々1000万ドル(11億円)もの賞金首であるシャミーリ・バサーエフの出番はほとんどない。しかも名前もセリフもないので、「あいつバサーエフか?」 と思って見ていると、開始後15分くらいで死んでしまう。なぜかロシアの敵ナンバーワンのバサーエフは、それほど悪役ではないのだ。なんて意味深なのだろう!

ベレゾフスキーが第一次、第二次のチェチェン戦争で果たしてきた役割はとても気になるところだ。ロシア政府が彼をこうまで憎むなら、ぜひ事実で論証してほしいと思う。フィクションを装った映画ではなく。

宣伝関係の方々にはご愁傷様。一部の劇場で、まだしばらく上映中。

大統領のカウントダウン(公式サイト): http://www.count-down.jp/


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