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チェチェンニュース Vol.06 No.21 2006.10.09

http://chechennews.org/chn/0621.htm (HTML版) 発行部数:1537部

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INDEX

■何がアンナ・ポリトコフスカヤを殺したのか?

(大富亮/チェチェンニュース)

●陰謀

ひどい事件から、三度目の夜が来た。

アンナ・ポリトコフスカヤ女史は、ロシアの新聞「ノーヴァヤ・ガゼータ」の評論員として、1999年の第二次チェチェン戦争の始まりのころから、チェチェンへの取材をはじめた。月に一度はチェチェンに行き、その土地の人々にかくまわれながら各地を転々として、記事を書きつづけた。それはNHK出版から刊行されている2冊の本、「チェチェン やめられない戦争」と「プーチニズム 報道されないロシアの現実」が朽ちることのない記録になって、日本語として読むことができるから、ぜひ多くの人に読んで欲しいと思う。

陰謀の結果、彼女は命を落とした。そういう言い方は嫌なのだが、資金と政治権力を背景に地下で作られた暗殺が、私くらいの人間に見通せたらそれは陰謀とはいえないけれど、陰謀は彼女の遺体がエレベーターを血の海にしているのが発見された時に、確かに地上に現れた。もう変えることのできない事実として。

まさにポリトコフスカヤの死の直前に、ロシアの人権団体の連合サイト、「カフカスキー・ウーゼル(コーカサスの結び目)」が、ポリトコフスカヤに インタビューをしている。(http://eng.kavkaz.memo.ru/newstext/engnews/id/1072060.html)

その2日前の10月5日は、チェチェン親ロシア政権のボス、ラムザン・カディロフ首相の30歳の誕生日だった。

憲法によれば、チェチェン大統領の立候補資格は30歳以上であることだ。彼はチェチェンの大統領になる資格の一つを手にしたことになる。その憲法自体、眉唾ものの国民投票で決められたものだと言うことを別にすれば。

ポリトコフスカヤは、プーチンに対する批判者であると同時に、カディロフに対する強烈な批判者だった。その感覚はわかる。プーチンはチェチェン戦争によって大統領に上り詰め、チェチェンをぼろ雑巾のようにし、ロシアも、意味は違えど相当にひどい状況だからだ。そしてカディロフは私兵集団「カディロフツィ」を率いて、ロシア軍を後ろ盾にして、同じチェチェン人たちを誘拐しては拷問し、身代金を奪ってきた。

というわけで、ポリトコフスカヤには10月5日に生まれた男と、7日に生まれた男、その二人の敵がいた。彼女が射殺されたのは7日だが、どちらに殺されたのだろうか。あるいはまったく別なのだろうか。プーチン政権に彼女が殺されたと考えてしまいそうになるが、大統領の誕生日に殺されたと言う事実が、あまりにも刺激的なので、かえってそう指摘することをためらわせている。そうやって混乱させることも、たぶん折込済みなのだ。もっと大きな文脈で読み解くほかない。

●チェチェンの建設ラッシュ

おおまかに、上記サイトのポリトコフスカヤへの「最後のインタビュー」の内容をまとめよう。

ここ数ヶ月、チェチェンは建設ラッシュに入っていた。学校、道路、噴水、それからグロズヌイ北空港。空港は5日のカディロフの誕生日に、おごそかに開業した。社会的な建築物を次々と作ることで、すべてが個人の管理下にあることを宣言したのだ。ポリトコフスカヤはこの動きをこう批判している。

「彼の<個人の管理>というのは、他の人たちへの脅迫−武器によるものと、建設資金です。そうした金は、連邦予算から出ているわけではありません。どうやって資金を満たしているかと言うと、賄賂の差し押さえをしているんです。ロシアならどこでもそうですが、チェチェンの官僚も腐敗しています。彼らは正規の給料以外に、かなりな金額を<貢がれ>ているんです」その金から、今度はカディロフが上前をはねる。

それから、グデルメスで開催されたような「チェチェン初のロックコンサート」のようなものの切符を何倍もの値段で、何枚も買わせるというような資金集めが、末端では当然のようになっているのだという。

それくらいの金ではもちろん建設ラッシュを支えきれない。ポリトコフスカヤによると、カディロフは連邦予算の獲得工作もしているが、財務省は難色を示していて、まず計画書類や、コスト計算書を出すように要求してくる。そこは常識的だし、いかに国家予算が潤沢でも、プーチンはそうそうカディロフを甘やかしていないことが少しわかる。

彼女は現場を見てきているから、そのからくりがわかっている。「この建設ラッシュには、計画書のたぐいなんかないんです。だから、カディロフはモスクワにしょっちゅう来て、そういう文書なしでプーチンに金を出させようとしていました。でもそれもうまくいかなかったんです」

ポリトコフスカヤがこういうことを言い、記事に書く。今朝の東京新聞によると、チェチェン市民に対する拷問についての写真や証言が、NV紙に載るところだったのだという。それにはもちろん、カディロフツィの暴力も取り上げられるはずだったのだろう。けれど、そのデータが入ったパソコンは、彼女の死のあとで警察に押収されてしまった。

建設で思い出したことがある。「チェチェン やめられない戦争」では、ロシア軍の大工兵部隊、国防省特別建設総局による建設汚職が、かなりのページを割いて説明されている。詳しくは本を読んでもらうしかないのだが、おもいきり縮めて言うと、この建設総局の架空発注と、この組織自体が行う監査のために、莫大な金がロシア軍の将軍たちのふところに収まっているという告発だ。

●情報の戦争

プーチンにとって、ポリトコフスカヤの存在は目の上のたんこぶだった。日本からチェチェンの情勢を見ていると、私たちはごくわずかな目を通してしか、チェチェンの情勢をみることができていないことに気がつく。世界が知っているその一つの視点=ポリトコフスカヤを、おととい、私たちは失った。だから、一時的な世界からの批判はあっても、プーチン政権とその後継者たちにとって、これは悪いことではない。それなら、犯罪捜査は連邦保安局(FSB=新KGB)、参謀本部情報総局(GRU)、その他治安当局の内部にまでさかのぼらなければならないはずだ。政府内部に犯人がいるという可能性を抜きにして、この事件は解決できない。

カディロフにとっては、もっと切実だ。チェチェンにいることは、資金の調達と、自分に叛く可能性のある部下や国民たちををなだめたり脅したりすることの連続で、それほど立場が磐石なわけではない。ましてポリトコフスカヤがうろうろすることで、「復興」の裏側や暴力沙汰が報道されれば、プーチンの財布の紐はさらに固くなる。だから、部下が殺したということには絶対にならない形で、ポリトコフスカヤに消えて欲しい。

そのためにモスクワでヒットマンを雇うのは、まったく造作のないことのようで、事実プーチン政権になってから、100人にのぼるジャーナリストが殺害されたり、事件に巻き込まれたりしている。去年1年間でも、アメリカのフォーブス誌ロシア版の編集長フレブニコフを始め、12人が殺されている。NV紙だけでも、過去に2人の記者が殺害されている。

たとえば、ポリトコフスカヤを殺したのはチェチェン人ではないかと疑うこともできる。そうだと八方都合がよい。カディロフの部下ではないにしても、少し頭のおかしいチェチェン人が、「復興の進むチェチェン」の正しい姿を伝えようとせず、足をひっぱるジャーナリストを殺す。世界中が「徹底捜査を」と叫ぶ中、いとも簡単にそのチェチェン人は捕まり、プーチン政権とカディロフの両方からいいように罵られる。世界もその筋書きを、少し首をかしげながら、なすすべもなく飲み込んで、わすれる。

ちょうど同じことが、北オセチア・ベスラン学校占拠人質事件のとき、ヌルパシ・クラーエフという青年の身に起こった。彼は占拠犯の内でただひとり生きて逮捕された人物だが、彼の家族は「ロシアの刑務所に入っていたはずなのに、なぜあそこにいたのか、わからない」と言っている。

●チェチェンへのまなざし

とてもよくあることとして書くと・・・チェチェンの若者が、ロシアのどこかの町で警官に呼び止められ、さしたる理由もなく留置所に入れられ、出られなくなる。何かの犯罪を犯したという自供を強要され、拷問をうける。大怪我させられたあとに待っているのは、取調室の上に広げられる、真っ白な紙だ。ここにお前のサインをしろと、最後に強要される。その紙は何に使われるかわからない。

ポリトコフスカヤの事件に、こんなことが起こらないとは限らない。誰が殺したにしても、最終的な目標は達成できるからだ。私も含めて、人はときどきすごく単純な考え方を受け入れてしまうから、チェチェンのごく普通の人々のために書きつづけていたポリトコフスカヤが、そのチェチェン人の誰かに殺されただけで、それまでの仕事がだいなしになったように感じられてしまう。

いつか、書店で誰かが訳知り顔に、「でもこの人、チェチェン人に殺されちゃったんだよね」と語るようになってしまえば、戦争を肯定する人々、チェチェンを占領することによって利益を得る人の誰にとっても都合がいいのだ。「犯人」となった若者が自分に起こっていることを理解して証言を変えても、世界はそのころには関心など持っていない。

1996年のこと、停戦中のチェチェンに国際赤十字の医師と看護婦たちがやってきて、医療活動を展開していた。しかしある晩、6人のスタッフたちがウルスマルタンの宿舎で眠っていたところに、何人かの武器を持った男たちが押し入り、その人々を射殺した。一人だけ生き残った看護婦は、犯人が「チェチェン語を話していた」と取材に答えた。この事件の真実はいまもわからない。けれど、チェチェンから赤十字が撤退し、OSCEが撤退し、外国人のまったくいない危険な地帯に逆戻りするために必要な条件は、ほとんどこの一言でつくられたのではないかと思うほど、強烈な事件だった。

私たちがこのアンナ・ポリトコフスカヤ暗殺事件の衝撃を受け止めて、安易な判断に走らずにぐっと持ちこたえることができるか、今はそれが問われているのだと思う。逆に言えば、私たちのまなざしそれ自体が、世界の片隅にあるチェチェンの在りように、影響を与えているということではないだろうか。

今言えることはほとんど何もない。けれど、路地の奥で罪のない人に暴行を加えるチンピラたちを、怖くて何もできない私たちが、それでもじっと見つめていること、しかもすべて記憶しているのだと、どんなやりかたかわからないが、表現することが、チェチェンを助けることなのではないかと思う。その礎になるものを、ポリトコフスカヤは命がけで遺してくれた。これを不朽の本にするかしないかは、私たちの方に置かれた問題のような気がする。

●日本の新聞報道

昨日から、朝刊を買いあさっては読んでいた。全部の新聞社が、モスクワの支局員名を添えて記事を書き、ポリトコフスカヤの記事が暗殺を招いたことを、せいいっぱいの書き方で書いていた。危機感がにじみ出ている。特に朝日新聞の扱いが2日にかけて続き、彼女の本の一節まで引用していたのには、少し感動した。そういえば、朝日新聞も、87年の5月に「赤報隊」と名乗る犯人に阪神支局を襲撃され、散弾銃で1人が死亡している。事件は解決しないままに、すでに時効を迎えた。

「今のチェチェンは隔絶されていて、記者たちが問題意識をもちにくい」と、ある記者の方から聞いたことがある。けれども、こうして同僚が暗殺されたとき、マスコミというシステムは正しく動きはじめたのではないだろうか。私は日本にいて、危険も感じずにこうしてものを書いている。だから、モスクワにいる人たちに、危険を冒してチェチェンを取材してくれとは言えないけれど、アンナ・ポリトコフスカヤ暗殺事件のことを、なんとか継続して、身の危険を感じるほどディープなものでなくとも、取り扱いつづけて欲しいと思う。それが、結局はチェチェンとロシアの今を伝えることになるからだし、私たちが何もできなかったこの事件のことを、安易な結論をつけずに思い出し、問題意識を更新する助けになると思うからだ。

「誰が」彼女を殺したかだけでなく、「何が」彼女を殺したか、ということの方が、個人的には気になっている。この暗殺事件は、何の挑発なのだろうか。

【お知らせ】 10月12日(木)夜、東京・文京区民センターにて、アンナ・ポリトコフスカヤ緊急追悼集会を開きます。詳しいお知らせは改めて。ぜひご参加ください。

08.Oct 2006 "ポリトコフスカヤの死に涙"
GALLERIE FOTOGRAFICHE Anna Politkovskaya

この死をどう受け止めよう? イタリア、ラ・レプブッリカ紙が掲載したポリトコフスカヤの写真集。救急車に布をかぶせられた遺体が載せられていくシーンも。痛ましい。

http://www.repubblica.it/2006/05/gallerie/esteri/fiori-politkovskaya/fiori-politkovskaya.html

[10/07 la Repubblica]

09.Oct 2006 アムネスティ、ポリトコフスカヤ氏の殺害を非難する
Amnesty International condemns the murder of human rights journalist Anna Politkovskaia

アムネスティ・インターナショナルは、ロシアの人権活動家でありジャーナリストのアンナ・ポリトコフスカヤ氏が殺害されたことに衝撃を受け、悲しみ、そして強い怒りを表明する。「アムネスティは、アンナ・ポリトコフスカヤ氏の殺害に愕然としている」と、ヨーロッパ・中央アジアプログラム部長のニコラ・ダックワースは語った。「ロシアは、勇敢で献身的な人権活動家をひとり失った。ポリトコフスカヤ氏は正義に対する暴力に恐れることなく声を上げ、正義を求めて休むことなく活動していた」

http://www.amnesty.or.jp/modules/news/article.php?storyid=202

09.Oct 2006 モスクワではポリトコフスカヤの死を悼む人の列
Flowers outside Politkovskaya's home

ポリトコフスカヤの死を悼む人々が、彼女の自宅近くに花を捧げに来ているそうです。モスクワ市検察は、彼女の死を計画的な殺人事件として捜査を開始しました。ただし、ロシアでは過去15年間に246名のジャーナリストが殺害されていますが、政府がまともに調査を行って犯人を特定できた例は一件もありません。

欧州委員会事務局長のテリー・デイビスは、「誠実であったがゆえに多くの敵を作ってしまった」ポリトコフスカヤに哀悼を捧げました。多くの人権団体が、彼女の死を取り返しのつかない喪失であるとして、ロシア政府に対して真相究明を要求しています。

「誰が彼女を殺したか?今日がプーチンの誕生日であることを考えると、これは複雑な政治的挑発だと思います・・・確かなことは、彼女の殺害を計画したのが誰であれ、その人物が人間の命というものを何とも思っていないということです」(レヴ・ポノマルヨフ 人権団体代表)

ポリトコフスカヤは48歳、2児の母親でした。彼女は9日にもノーヴァヤ・ガゼータに記事を寄稿するはずでしたが、彼女が新しい記事を書き、それを私たちが読むことのできる機会は永久に失われました。

「彼女は決して信念を曲げない、誠実なジャーナリストでした。今のロシアでは生きていけないほど・・・」(アレクサンドル:ポリトコフスカヤの夫)[10/9 ラジオ・リバティ]

出典:http://rferl.org/featuresarticle/2006/10/99A5C4A4-6ACF-4BBA-BC3D-50F30A13552D.html

BS世界のドキュメンタリー

10月9日、22日の夜に、NHK-BS世界のドキュメンタリで、ロシアについてのドキュメンタリが放送されます。可能な方は、ぜひご覧ください。

● 10月9日 22:10〜24:00
「ロシアの新興財閥 繁栄と没落の軌跡)」
 http://www.nhk.or.jp/bs/wdoc/wdoc.html#yote

● 10月22日 22:15〜23:00
「問われる警察と司法(仮題)」
 http://www.nhk.or.jp/bs/wdoc/wdoc.html#yote


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