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目覚めてしまった者たち
文と写真=林克明
2004.05.21/信濃毎日新聞

チェチェンで死んだロシア兵の葬儀に立ち会うビクトルと母親たち。(モスクワ/1995.10. 撮影:林克明)

(チェチェンで死んだロシア兵の葬儀に立ち会うビクトルと母親たち。(モスクワ/1995.10. 撮影:林克明)

 イラクで日本人が人質にされたニュースを聞いた瞬間、ビクトル・ポプコフというロシア人を思い出した。

 長い白髪に白ひげ、床まで届く紺の衣装を身に付けて、紛争地のチェチェンで宗教者として人道援助活動をしていた人物だ。ロシア正教の古儀式派の伝統を重んじる彼の姿は、一度見たら忘れられない。

 帝政時代から、ロシアはチェチェンを侵略し続け、現在もチェチェン人をテロリストと決め付けて、ジェノサイド(大量虐殺)を行なっている。ここ十年間の犠牲者は二〇万人に上るという推計もある。

 そんなチェチェンに入り、虐殺と飢えに苦しむチェチェン民衆を救うために、ロシア人のビクトルは援助物資を持っては村を回り、人々を励ましていたのである。

 政府に逆らい紛争地に行き、政府からテロリスト擁護者と見られ、少なからぬロシア人に「裏切り者」と断罪された。

 二〇〇〇年春に来日した彼が、記者会見で述べた言葉が忘れられない。

 「絶滅に瀕した動物を助ける運動が豊かな国の人々の間で活発です。でも、チェチェン人が地球上から消されかかっているのに声をあげるひとはいない」。

 「皆さんの中には、平和主義を貫こうという人格者がいらっしゃるかもしれない。でも、私がチェチェン人だったら、銃を手にしないという自信がありません」

 徹底した平和主義者である彼にそこまで言わせたのは、チェチェンの人々が置かれた厳しい現実である。ロシア軍・警察は、次から次へとチェチェン人を捕らえて拷問専用施設に送り、大量の人間を“消して”いるからだ。ビクトルは、それを間近に見ていた。

 二〇〇一年四月十八日、医薬品を村に届けようとしていたビクトルは、ロシア兵に至近距離から発砲され、同年八月二日に亡くなった。享年五〇歳。

 目覚めてしまった者、現実を見てしまった者は、やむにやまれず行動に出てしまう。彼と一緒に行動していたこともある私には、その気持ちがわかる。ビクトルの決して長くなかった人生は、そういう人がもつ苦しみと感動に充ちていたのだと私は思う。

 活動する場所も、民族も、宗教も違うが、イラクのストリートチルドレンの世話をして「母親」と慕われ、人質になった高遠菜穂子さんの姿とビクトルが、私には重なって見える。

 私は、二人を誇りに思う。国家の犯す過ちを、個人が身をもって正している。どんな紛争地にも、必ずこのような人たちがいるのだ。

 国家権力は彼らを嫌うだろうが、これとは別に、 命の危険を冒して格闘する個人を眺める世間という「観客」の存在がある。彼らは、ある種の格闘技ファンにも似ている。快適なリビングでビール片手に格闘技をテレビ観戦し「なんだアイツ、だらしねえな、何やってんだよ」と罵倒する人たち。

 だったら、お前がリングに上がってみろよ。  


林克明(はやし・まさあき)/ジャーナリスト
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信濃毎日新聞(2004.05.21)に掲載された記事を、著作者の許諾の下に再掲