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パーン、パーン…。サンドバッグを蹴り上げる音がいつまでも止まない。黒地に赤 線が入った寸足らずのトレーニングパンツ。激しい息遣いの男は、黙々と蹴りの練習 をする。
アゼルバイジャンの首都バクーにある極真会館アゼルバイジャン道場。ロシアから 亡命した空手家、オスマン・アフメードフの一年三百六十五日続く練習の風景であ る。
彼の故郷チェチェンは、およそ四百年前からロシアの攻撃と支配を受け続けてき た。一九九一年に独立を宣言したが、九四年にロシア軍がチェチェンに侵攻。現在も 殺戮(さつりく)が続いている。
オスマンが家族とともにバクーに逃れたのは一九九九年秋。しかし、住む場所も仕 事もままならず、母と十歳の娘、八歳の息子をロシア連邦内のダゲスタンに住む知人 宅へあずけざるを得なくなった。ロシア領内へ戻れないオスマンは一人バクーに残 り、一家は離散した。
半年後に一度だけ、息子の声を電話で聞いた。しかし「息子はパパ、パパと言って 泣くばかり。後は何も話せなかった」と彼は言う。
チェチェンでの戦争では、これまでに約七千人の子どもが体に障害を負い、一万六 千人が孤児になった。またロシアの人権団体「メモリアル」によれば、チェチェンの 隣国イングーシに逃げた難民の30%にあたる約七万人の子どもたちは、きちんとし た保護を受けられず、見捨てられた状態にある。
オスマンは、ある決意をした。それは、日本で生まれた格闘技「K1」に出場して 金を稼ぎ、家族をバクーに呼び寄せることだ。そして将来は、武道教育を通して、戦 争で癒しがたい傷を受けた子どもや少年たちを助け、一人前の大人に育てたいという 夢がある。「辛い思いをしているのは私の子どもだけじゃない。目の前で親兄弟を殺 され、まともに食べられず、教育もない膨大な子どもがいる」
かつて空手のユーラシア選手権で優勝し、チェチェン武道家連盟の会長を務めたこ ともあるオスマンだが、既に三十五歳。普通なら第一線から引退する年齢だ。しか し、金もなく、難民である彼は他に道がないという。
四百年にわたるロシアによる支配で、チェチェンの住民の半数以上が殺されたこと が二度あり、いま進行中の戦争は三度目の大規模殺戮にあたる。その過酷な歴史は一 方で、「男は自分と家族を守るためにあらゆることを身に付けなければならない」と いう考えを広く社会に浸透させた。チェチェンの男たちの多くが格闘技を身に付ける のは、単に身を守るためだけではなく、それが生きていくための精神的な支えでもあ るからだ。
オスマンの夢を実現すべく、日本側でも受け入れ準備が始まったが、大きな壁にぶ つかっている。亡命中に彼のパスポートの期限が切れてしまったのだ。再発行を受け るにはロシア領内に戻らなくてはならないが、それは極めて危険である。
年齢を考えればすぐにでも日本に来たいところだが、その見通しは立っていない。
しかしオスマンは、そんなことにかまわず、ひたすらトレーニングと日本語の勉強を
続けている。私がこの原稿を書いているいま午前十一時、バクーは朝の七時。彼は既
に外を走っているはずだ。
林克明(はやし・まさあき)/ジャーナリスト
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信濃毎日新聞(2004.08.20)に掲載された記事を、著作者の許諾の下に再掲
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