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「対テロ戦争」を声高に叫ぶものこそ
/文と写真=林克明 2004.09.10/週刊金曜日


 「対テロ戦争」を声高に叫ぶものこそ、真のテロ推進者かもしれない――。このような疑問をもって事態を冷静に見る必要もあるのではないか。

 ロシアの北オセチア共和国の学校人質事件では、とてつもない数の命が奪われた。ロシア当局の発表はもちろん、日本の報道でも「チェチェン独立派の犯行」「独立派のバサーエフ司令官が関与しているという」「チェチェンで夫を失った黒服の女たち」・・。と、まことしやかな情報を流している。 その真偽については、今のところわからない。現段階では、一連のテロの根源には何があるかが最重要である。チェチェンで何が起こっているのか、ということだ。

3回目のジェノサイド

 チェチェンはロシアの陸続きの植民地であり、何百年にもわたってロシアの支配と弾圧を受けつづけている。最終的にロシアに武力併合されるに至った50年におよぶカフカス戦争では、全民族の約半数が犠牲になった。

 また第二次大戦後の1944年には、ナチス・ドイツへ協力したというレッテルを貼られ、民族丸ごと貨車に詰め込まれて中央アジアのカザフスタンに強制以上させられた。12年後に故郷への帰還を許されるも、生きて故郷の土を踏めたものは、3分の1しかいなかったという。

 過去に人口の半分以上を失うほどの弾圧を2回も受けていることになる。そして91年にチェチェンが独立宣言したことに端を発する現在の戦争(94年にロシア軍が侵攻)は、3回目のジェノサイド=大量虐殺にあたる。

 百万人に満たない小国で、すでに犠牲者は20万人以上といわれる。北オセチアでの事件の残虐性に世界中の目がくぎ付けになっているが、もしこのような事件が300回も400回も、日本の岩手県くらいの範囲で起きたことを想像してもらいたい。それがチェチェンの現状である。

プーチン大統領のテロ

 プーチン・ロシア大統領の言う「対テロ戦争」どころか、この戦争は、チェチェン市民を狙った「対市民戦争」と言える。

 無差別の爆撃と砲撃は言うまでもなく、最大の問題は、日本でもまれに報道される「掃討作戦」の中身だ。全土を占領しているロシア軍は、特定の村を包囲し、一斉に民家に押し入る。金目の物を略奪し、たとえば80歳以上の老人を刺し殺したこともある。女性を強姦する事件が後をたたない。

 さらにたいした理由もなく、住民を拉致し、収容所に連行。ここでさまざまな拷問が行なわれる。ロシア人ジャーナリストのアンナ・ポリトコフスカヤの『チェチェンやめられない戦争』(NHK出版)によれば、ゲリラを家に泊めた容疑で62歳の女性が深さ1メートル20センチくらいの穴に10日以上も閉じ込められ、電機拷問を受けたり、糞尿入りバケツを口にくわえて階段を何度も上り下りさせられた若い女性もいる。

 あるいは、椅子に座らされて座面の下に手錠でつながれる。ガスマスクをかぶせられて吸入管を閉じられる。すると苦しさに耐えかねて、必死で手錠をはずそうとするため手首に深い傷を負う・・。

 ロシア軍はチェチェン人を逮捕すると家族に法外な身代金を要求し、支払えなければ拷問にかける。死亡した場合には遺体引渡し料金を要求するのだ。

 私自身、現地取材で何度もこのような被害にあった人やその家族から話を聞いたが、身代金は高いケースで6000ドルほどになる。これは国際人権団体のヒューマンライツ・ウォッチなどの調査とほぼ一致する。

ロシアのファシズム化

 見逃せないのは、このような事例は、軍規の乱れた一部軍人に引き起こされるわけではなく、日常化していること。そして、彼らが何をしても、全てはゆるされる。

 こうして人間がどんどん消えていく。もはやこれは国家テロと言って差し支えないだろう。

 ロシアの軍人には「罪と罰」という観念がないのか。ここまで弾圧し、チェチェン攻撃を続ける理由として、石油利権や統一国家の維持などがあげられる。たしかに要因のひとつではあるが、本質的にはロシアが一種のファシズム化していることだと私は見る。

 帝政時代からつづく大ロシア主義。ロシア人を優越し少数民族を弾圧する思想が今も生きているのである。加えて連邦保安局(FSB=KGBの後身機関)を改変強化する動きも、この7月ごろから露骨になっている。政府のメディア支配もほぼ完成に近づいており、このようなロシアの強権国家化とチェチェン戦争は連動しているのだ。  

学校人質事件は報復のため?

 さて、今度の人質事件は、迫害を受けているチェチェン人が、ロシア軍撤退を主張したり、あるいは復讐するためにしたのだろうか。

 それは、わからない。にもかかわらず、新聞やテレビは「チェチェン独立派の犯行か」「(独立派の)ウマロフ司令官が関与」などと報じている。これはすべてロシア当局の発表を書いただけである。

 ウマロフ司令官の件にいたっては、「似た男がいる」というロシアのイズベスチアの記事を和訳しているに過ぎない。

 人質や死者の人数を始め、ロシア当局は意図的に情報操作しているが、それは今に始まったことではない。比較的早い時期に犯人たちと交渉して人質26人を解放させたアウシェフ前イングーシ共和国大統領の発言が気になる。

 ロンドンにいるチェチェン独立派の文化情報首・ザカーエフ氏がアウシェフ氏と電話で話した際、犯人の中にチェチェン人がいなかった、と話したことをBBCとのインタビューで明らかにした。

 そうなれば、「独立派の犯行」が崩れ、紛争がチェチェン以外の地域や民族へ拡大しているという可能性がでてくる。

記者毒殺未遂も

 ロシア当局が真実を隠蔽していると思わざるを得ないのは、前述のジャーナリスト・ポリトコフスカヤ氏への"毒殺"未遂事件であろう。チェチェン問題の第一人者である彼女が現場に向かう飛行機に乗ったところ、機内で出されたお茶を飲み、空港に到着すると倒れ、病院に担ぎ込まれた。前日から彼女は食物を口にしていなかった。

 彼女は2年前のモスクワ劇場占拠事件でゲリラ側との交渉を務めた人物であり、今回も犯人側と接触できる可能性があった。そうすると何らかの真実がわかるはずだったのである。

 テロの背後にはチェチェン人への筆舌に尽くしがたい弾圧があること、ロシア当局の発表はほとんど信用できないこと。この二つを忘れないで事態をみることが必要だ。  


林克明(はやし・まさあき)/ジャーナリスト
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週刊金曜日(2004.09.10)に掲載された記事を、著作者の許諾の下に再掲