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「あんたは残り11人が有罪に投票するなら、納得して自分も有罪に入れると言う。だけどそんなのは詭弁だな。自分は無罪だと信じていたのにも関わらず他の奴らが有罪に決めたという事実が欲しいんだ。自分の手は汚さずにな」
この8月に公開されるロシア映画、「12人の怒れる男」を見る機会があった。フィクションを楽しみたい人にも、ノンフィクションに関心を持つ人にも、これは絶対にお勧めの映画だ。
舞台はたった一箇所、モスクワの裁判所に隣接する体育館。被告人はチェチェン人の少年。父親殺しの疑いで服役寸前。彼の将来は陪審員の評決一つにかかっている。しかし12人の陪審員たちは家庭や仕事に早く戻りたいあまり、誰もが「有罪」に票を入れてことを終わらせようとする。
しかしそのうちの一人が、「本当に彼は犯罪を犯したのだろうか?」と反論したことで、すぐに散会するかに見えた評議が、夜通し続く真実の追究の場に変わってしまう。果たしてチェチェン人の少年は、罪を犯したのだろうか?
この映画で語られることの多くは、ロシアの現実に根ざしている。差別、貧困、横行する経済犯罪。一見チェチェン人が裁かれているように見えるこの裁判は、首都モスクワに住む人々の生活や、その裏側に隠されたものの姿を照らし出さずにはいられない。
エリツィン・プーチン・メドヴェージェフの新体制のもとで、ロシアは苦しみつづけている。その先鋭な露出部分がチェチェンであり、この少年なのだ。だから、この少年を裁こうとすれば、ロシアの暗部がさらけ出される。
映画の中で陪審員たちは自分の経験を語るのだが、これがどれも並大抵でない。しかもとても作り話とは思えないリアリズムに満ちている。誰一人善人はいない。だが誰もが善人でありたいと願って苦しんでいる。かの国の人は、きっかけさえ与えられれば、ごく普通の会社員が冒頭のようなセリフを切って、真実と内省の世界へ切り込んでいくのだろうか。
あれだけ重いドラマを、余すところなく肉付けをするロシアの俳優たちはつくづく芸達者だ。8月からシェンテシネ他でロードショー。(大富亮)
毎日新聞の記事より。あいかわらずいいかげんな捜査をしているようです。どうしてもメスを入れたくない真相があるということだと思います。
なお、難民映画祭では、アンナ・ポリトコフスカヤについての映画が上映されます。彼女が生きていた時も今も、彼女の向こうに私たちはチェチェンを感じていると思います。
<ロシア>記者暗殺の3容疑者起訴実行犯逃走でも終結宣言
ロシア最高検察庁の捜査委員会は18日、モスクワの自宅アパートで06年10月に射殺されたアンナ・ポリトコフスカヤ記者の暗殺事件にかかわったとして容疑者3人を起訴したと発表した。また、同委は捜査の終了を宣言した。
起訴されたのはモスクワの元警察官1人とチェチェン出身の兄弟2人。3人がどう事件にかかわったかは不明。ロシア各紙の報道によると、射殺の実行犯とされるチェチェン人の男は逃亡中。また、暗殺を指示した最大の黒幕が誰かは解明されておらず、19日付のブレーミャ・ノボスチェイ紙は「捜査の終結宣言は実態と懸け離れている」と批判した。
参考までにこちらも: 繰り返される嘘―ポリトコフスカヤ殺害犯逮捕を読む
ジャーナリストの林克明さんが、執筆し、3年近く前に発行されるはずだった 本が、ようやく日の目を見ました。 (何社か出版社がつぶれたりするという笑えない事情があります。以下出版社からのご案内。
カレン、スリランカ北東部、アチェ、ナガランド、チェチェン、チッタゴン丘陵、イラク……。外務省が「退避を勧告します」「渡航の延期をお勧めします」などと警告している地域ばかりを集めたディープな「紛争地」ガイド。
アジアには、その国の人でさえ越えられない見えざる線が多く引かれている。見てはいけない、行ってはいけないとされる地の知られざる現実と魅惑の世界をたっぷりお伝えする渾身の案内書。バックパッカーも未踏の地はまた、豊かな自然や伝統が息づく人びとの暮らしがあることを、この本が教えてくれる。
去年12月のシェンゲン協定地域の拡大(東欧諸国国境のEUへの統合)で、在外チェチェン難民の多くが「フランスに逃げたい」と思ったものの、うまくいかず、結局ポーランドに閉じ込められている例が多いようです。
少し古い記事ですが、AFPがキャンプに取材した記事がありましたので、お届けします。日本にもチェチェン難民がやってくるという最近の事態にあわせて、私たちもいろいろ勉強しておくべきなのかもしれません。
無料のメールマガジン、チェチェンニュースを発行しました。このウェブサイトに取り上げたことや、イベント情報などをまとめたもので、メルマガ版独自のコンテンツもありますので、普段このサイトをご覧になっている方も、ぜひご購読ください。
96年にチェチェン戦争の平和的解決を訴えて来日した、ロシア兵士の母親委員会代表(当時)のマリア・キルバッソワさんが、娘さんを頼ってフィンランドに渡ったものの、現地の当局から退去を強制されていたことがわかった。
現地紙などの報道を総合すると、2007年10月、フィンランド国籍を持つ娘のソイツさんを頼って、キルバッソワさんはロシアからフィンランドに渡航した。この時点で何らかの病気をわずらっている。
フィンランド当局に居住許可を求めたものの却下され、ついに強制送還の処分が決まった。そこでフィンランドの裁判所に処分の取り消しを求めて訴訟を起こしたのだったが、6月10日に出た結論は強制送還の1週間猶予というものだった。
この動きに対して、隣国エストニアでは与党国会議員がフィンランドの措置に激怒。「ポリトコフスカヤにあんなことをした国に送還するなどもってのほか」としたうえ、フィンランドからの退去が実際に起これば、エストニアで難民認定させると息巻いている。
ヒューマンライツ・ウォッチなどの人権団体が、これまで31件にのぼるチェチェン問題に関するロシアの責任を認めた判決の活用についての声明を出しました。これによると、ヨーロッパ人権裁判所での判決は、個々のケースでの補償をすればよいのではなく、同様の人権侵害が発生しないように、ロシア国内での努力がされなければならないという考え方に基づいて出されているようです。それはそうであってくれないと困りますよね。
そこでHRWなどの人権団体は、次期EU議長国のフランスに対して、今までの判決を<活用>すべきだと提言しています。
「継続的な政治的圧力がないために、ロシアはチェチェンでの虐待をやめようとしないだけでなく、これらの犯罪の責任者たちを裁こうとしていない」と、HRWパリ支部長のファーデアウは語った。「ECHRの判決の履行とは、個々の原告に正義を配達することではなく、虐待した人間への不処罰を終わらせることだ。グローズヌイの復興によって、EUがミスリードされることはあってはならない。虐待は続いているし、数千人の強制失踪者は今も見付かっていない」
「彼らはすこしづつあの碑を刻んでいったのです。今、碑はあそこにあるのだから、動かさないのが一番です。記念碑というものは誰か個人に属するものではありません。歴史も、書き換えるべきものではないですから」と、グロズヌイのインテリは言うが、チェチェン民族の強制移住記念碑の移転工事が進んでいる。
移転先はなんとロシア軍基地の内部。「ハンカラとは最高にいい場所だって、みんな言ってます」と、人権団体のスタッフが言う。
人々の容易に立ち入ることができない軍の基地の中に記念碑が移動されることは、歴史の隠蔽というものではないだろうか。それ以上に、チェチェン人に対するジェノサイドの記念碑が、現在もチェチェン人に拷問を加える施設を擁する軍の基地に移動されることの皮肉。AFP記事の訳です。(大富亮)
あ、それから、激化するアブハジア危機で、EUがソチオリンピックへの対応をほのめかし始めていた。このてのニュースは速さが命、とは言えど気になったのでメモ的に訳してみて追加。
アブハジア紛争問題、ソチオリンピックに影響か? EUの外交活動活発化(モスクワタイムス)
今月開かれる難民映画祭で、下記の映画が上映されるという情報がありました。ぜひご覧下さい。
2006年10月7日、プーチン大統領54歳の誕生日、ロシア政権を最も厳しく批評していたジャーナリスト、アンナ・ポリトコフスカヤはモスクワの実家で暗殺される。弱者擁護の彼女はなぜ無念の最期を迎える事に?何千人もの流出を生み出しているチェチェンでの軍事政策を公然と非難したからだろうか?そしてその犯人は処罰を受けるのだろうか?[*邦題は仮訳であり、正題は原文となります]
原題: Letter To Anna 監督:エリック・バークラウト スイス(2008) 音声:英語・ロシア語 字幕:日本語 83分 ジャンル:ドキュメンタリー p.s. 72 productions
* 6/26 (木) 17:30 ドイツ文化センター
リトビネンコ暗殺事件で英露治安機関の対立が依然、厳しい。ロシア治安機関の要『FSB(連邦保安局)』高官はこのほど事件解決を前進させるには英側がまず謝罪するのが筋と改めて厳しい対決姿勢を強調した。[aviationnews 5/28]つづきを読む
まだ日本語訳は刊行されていないようなのですが、アムネスティの年次報告で、ロシアへの言及がありました。以下、CNNの報道です。
国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは28日、398ページの年次報告書を発表した。...強権姿勢を強めるロシアについて、アムネスティは反体制派へのより寛容な対応を求めている。ロシア当局は批判勢力を「非愛国的」と決め付けて厳しく取り締まり、昨年12月の下院選挙前を中心に、人権や政治活動の権利を弾圧した。欧州人権裁判所は、ロシア当局がチェチェン紛争絡みの誘拐事件や拷問、裁判なしの死刑執行に関与しているとの判断を示した。
チェチェン共和国では昨年、誘拐事件の通報が前年より減少した。しかしアムネスティによると、人権侵害が続いているため、住民は被害通報に消極的だという。 [5/28 CNN]
RIAノーボスチなど、ロシア系通信社も反応しています。[5/28 RIA Novosti]
必見の超傑作ドキュメンタリー、「暗殺リトビネンコ事件が、川越スカラ座と、スガイシネプレックス札幌劇場で上映中です。川越の上映は5月23日まで。お見逃しの方は、この機会に、ぜひご覧下さい。
この番組についての感想を、何人かの方からいただきましたので、掲載します。こちらをご覧下さい
5月、ロシアに8年間君臨したプーチン大統領が退任する。 しかしプーチンは、退任後も首相として政権内に止まることを明言。“後継大統領”メドベージェフ氏の選挙スローガンは「何も変えない」だった。今後も実質的な支配者はプーチンであることを明確に示した形だ。“プーチン王朝”盤石の秘密は「メディアに対する徹底的な支配」。就任後、3大テレビ局をすべて国有化し、プーチン=強い指導者像を徹底的に演出した。その姿は、冷戦後自信を喪失していた国民の心をつかみ、さらに今、国民がそこにロシア伝統のツァーリ(皇帝)の姿を重ね合わせ、熱狂的なプーチン支持の渦を加速させている。
一方、独立系ジャーナリスト達は、今回の権力継承が「ロシア民主主義の死」を招くと必死に訴える。しかし、大国復活の夢に酔い、メディアに煽られた国民が、彼らの声をかき消す厚い壁となっている。権力がメディアを掌握した国家で何が起きているのか。その最前線から「院政プーチンのロシア」の実像に迫る。
2008年5月14日(水) 深夜 【木曜午前】0時55分〜1時44分 総合テレビ
4月14日、チェチェンのカディロフ大統領(親ロシア派傀儡政権)の 指揮下の部隊が、別の親ロシア派であるヤマダエフの指揮する 「ボストーク連隊」と小競り合いを起こし、 10数人の死者を出す事件があった(民間人2人が巻き添えに)。
かねてヤマダエフとカディロフの確執は伝わっていたが、 今回はややおおごとになっている。 ボストーク連隊はロシア軍の悪名高い第42部隊の一部で、 チェチェン人で構成されているが、 2007 年5月のアムネスティの報告の中でも、 同じチェチェン人への人権侵害を行なっている部隊として非難されている。
カディロフもヤマダエフも、やっていることは同じということだ。 今回カディロフは、ヤマダエフ派を襲撃するのに先立って、 第42部隊の参謀長(ロシア人)を検問所で拘束して、 手出しができないようにしたことから、ロシア軍の怒りを買った。 カディロフを「飼って」いるのは軍ではなくFSBの筋かもしれないが、 こういう計算違いをしてしまうと、ロシアすべてを敵に回してしまいかねない。
カディロフはロシアと戦うつもりなのか? あるいは、単に暴れたいだけの若者が、また暴発してしまったのか? この件、もう少し調べて報告したい。(大富亮)
ロシア南部・チェチェン共和国のカディロフ大統領が、同共和国に駐留する露連邦軍直属の精鋭部隊「ボストク」と対立、緊張が高まっている。5月のプーチン露大統領退任を前に、カディロフ大統領が治安組織の完全掌握を狙っているとの観測もある。混乱が続けば「チェチェン情勢正常化」を訴えてきたプーチン政権にとって痛手となりそうだ。
1994年12月、14歳の少女は、村恒例のダンスパーティーを心待ちにしていた。しかしそのパーティーは開かれなかった。始まったのは、戦争だった――。チェチェン紛争、廃墟と化した街で少女が"ありのまま"を綴った手記。
著者のミラーナ・テルローヴァは、79年生まれの若いジャーナリストです。チェチェン戦争をリアルタイムに経験した若い世代が何を感じてきたのかが、玄人ずれしない描写の中でわかります。16歳、空爆の地下壕で肩を寄せあう人々のなかにいたミラーナ。人々のために抵抗を続けたレジスタンスたち。休戦期にもろくも挫折した独立への夢・・・。
世界から見捨てられたことを痛切に感じさせられながら、感受性を失わずに生きた女性の物語です。
「悲惨より喜びの方がわずかに、でもゼッタイに、勝っている」(池澤夏樹さんによる帯)
彼女のような若い書き手によって、これからのチェチェンはどのように語られるのでしょうか。彼女の原点となる一冊、ぜひお読みください。
1995年の4月、ロシア軍はチェチェンのアチホイ・マルタン地区のサマーシキ村を包囲し、「掃討作戦」を行なった。非武装の住民たちが、レイプや虐殺の被害に遭った。いくつかの現地のNGOや著名人が、グローズヌイで会議を開くほかには、現在のチェチェン当局(カディロフ傀儡政権)は、この事件を記念するいかなる公式行事も行なっていない。
ヘルシンキグループなど、ロシアの人権団体のサイト「コーカサスの結び目」からの、記憶のための報告です。
おかげさまで、4月4日、私たちは、彼の遺体を東京からモスクワに送り、無事に遺族に届けることができました。遺族は、すでにチェチェンに入っており、本日から葬儀が行なわれます。まずは、彼の遺体をチェチェンに届けるために寄付をくださった皆様、呼びかけをしてくださった皆様に、心から感謝を申し上げます。
日本政府に難民認定を求めていたチェチェン人の青年が千葉の病院で死亡しました。たった28歳でした。多臓器不全で、最後まで原因がわかりませんでした。
「生きていればきっといいことがある」という月並みな言葉は的を得ていると思いますし、少なくとも私はそう信じて生きていきたいですが、彼にはそれすらできなくなりました。
彼と日本に関わるもっとも大きな問題は、難民認定が最後まで得られなかったことです。来日した最初の日々に難民認定を申請したのに、まる2年間返事が得られず、その間は健康保険にすら入ることができませんでした。
将来がわからないということ、病院にもろくに通えないこと、教育を受けるチャンスもないこと・・・私がもし難民だったら、彼ほどにもやっていけないかもしれません。
明日、30日(日)13:30より、文京区でハッサン・バイエフ医師の送別と彼の追悼を兼ねた会を開きます。ぜひご参加ください。案内はこちらです。
渡辺紀子さんが亡くなったこと、今度の彼のこと。私事ですが私の家族にも近年不幸があったこととも重なって、どうして人は次々と居なくなってしまうのだろうと考えてしまいます。チェチェンの人たちは、もっと理不尽に身近な人の命を奪われていて−−−それは現在の「平和の回復する」チェチェンの中でも、見えにくいところで続いています。
どこにいようと、私たちは死ぬ存在ですし、たったひとつの大事な命を抱えて生きていく存在ですから、理不尽さや悲惨さが、命の値打ちを上げ下げするわけではないですね。ただ、どれだけ遠くても、同じような人々が生きているということへの想像力を、枯れさせずに生きていきたいと思います。それも、私たちが一緒に何かをしていくための基点になるのではないでしょうか。
さてこのサイト、このところ更新が少なかったのですが、これからはもう少し頻度を上げていこうかと思います。情報などもお寄せいただければ幸いです。
ところで寺沢潤世上人関連の情報です。お弟子のセルゲイから追悼文も寄せられましたので、とりあえず貼り付けます。寺沢上人はいま、インドで修行中とのことです。こんな時に日本にいてくださったら、ありがたいのにと思います。(大富亮)
Namu-Myo-Ho-Ren-Ge-Kyo!
On behalf of Ven. Terasawa Junsei and myself we are expressing our deep condolencies and regret on the so sadden and greatly sad demiss of the chechenian boy in Japan. It is a huge loss for all of us, for all who knew him. Same time, he remains always in our memory in lots of happy occasions when we were together...
Our prayers now are always for him!
Terasawa-Sensei is for last 4 months traveling deeply alone in West part of India for a special spiritual practice and important work. So, he was not much e-mail communicable for a long time but via me he is getting all latest news. It is also possible to reach him directly through his mobile: +91-98-71741584.
With respect,
世界の戦争や紛争、人権侵害、自然破壊を監視する硬派なフォトジャーナリズム月刊誌「DAYS JAPAN」の創刊から4年が経ちました。毎年(毎月?)のように廃刊の危機が噂されているDAYS JAPANを支えるために、よろしければ皆様のご参加をお願いいたします。イベントでは、第4回DAYS国際フォトジャーナリズム大賞受賞作品が発表されるほか、参加者による読者賞の選定や、「AINU REBELS」酒井美直さんによるアイヌの歌・舞踊のパフォーマンス もあります。
DAYS JAPANの購読はこちらから
日時:3月8日(土)18:30開演(18:00開場)
場所:東京ウィメンズプラザ
アクセス:JR山手線・東急東横線・京王井の頭線「渋谷」駅下車徒歩12分/地下鉄銀座線・半蔵門線・千代田線「表参道」駅下車徒歩7分
地図: http://www.tokyo-womens-plaza.metro.tokyo.jp/contents/map.html
入場料:800円
予約:住所・氏名・電話番号を明記の上、メール(kikaku@daysjapan.net)またはFAX(03-3322-0353)でお申し込みください
ロシア南部のチェチェン共和国では、1994年から14年近く続くロシアの軍事侵攻により、100万人の人口のうち25%が死亡し、30%が難民となって多くが国外に逃れました。
世界でもっとも悲惨な戦争を目の当たりにしながらも、医師の倫理、ヒポクラテスの誓いを忠実に守って、敵味方を区別することなく多くの人びとの生命を救った外科医、ハッサン・バイエフ医師が講演します。
今、バイエフ医師は、移住地アメリカとロシア・チェチェンを頻繁に行き来して、荒廃したチェチェン国内の医療環境を改善しようとしています。今回のスピーキングツアーでは、いわき、仙台、東京、水戸、札幌、京都、大阪、山口の各地で、医療危機に直面するチェチェンの子どもたちの様子を報告します。
チェチェンを知り、子どもへの医療を再建するために、どうか皆様のご参加をお願いいたします。
日時:2008年2月24日(日) 18:00-20:30 (17:30開場)
場所:文京区民センター2A会議室
交通:地下鉄丸ノ内線・南北線「後楽園」駅徒歩5分/地下鉄三田線「春日」駅A2出口真上・大江戸線「春日」駅徒歩1分
地図: http://www.city.bunkyo.lg.jp/gmap/detail.php?id=1754
参加費:1000円
定員:250名
共催:ハッサン・バイエフを呼ぶ会/チェチェン連絡会議/アムネスティ・インターナショナル日本
申込:事前のお申し込みはご不要です。
問合・申込先:TEL: 03-4500-8535 Fax:03-3811-4576 Mail:baiev@zau.att.ne.jp(ハッサン・バイエフを呼ぶ会 岡田)
行動するための講演&シンポジウム「佐藤正久(元イラク先遣隊長)の闇を照らす」
2月17日(日) 13:30-16:40
神宮前穏田区民会館 渋谷区神宮前6-31-5 JR原宿駅6分
2月17日(日)に行われる集会「元イラク先遣隊長・佐藤正久の闇」の準備をしているのですが、このところ何度も繰り返し、10年以上も前のある夜を思い起こされてしかたがありません。
●ある夜の葛藤
あれは1995年10月2日のことだったと思います。私はそのとき、ロシア連邦南部のチェチェン共和国の首都にいました。当時、ロシアからの独立を宣言したチェチェンにロシア軍が侵攻して大殺戮を繰り広げていました。大爆撃と地上戦で破壊され全市が停電していたので、泊めてもらった民家はロウソクの灯りしかありませんでした。食べ物もなく、空腹だったのを覚えています。ロウソクの炎を眺めながら、私は、ある村へ行こうか行くまいか迷いに迷ってっていました。
最近更新が滞っていてすみません。チェチェンではつねに理不尽なことが起こっているのですが、そのうちの一つに市民運動へのすさまじい弾圧があります。今回は、チェチェンとイングーシの人権状況を社会に訴えている「非政府組織連合」というNGOを、当局が因縁をつけて閉鎖しようとしているニュースをお伝えします。
「ロシア連邦登録局チェチェン支部は、非政府組織連合―チェチェンとイングーシの人権状況を社会に訴えている団体―を閉鎖しようとしている。非政府組織連合は、当初、運営に関する不正が多くあったとして告発されたのだったが、その後、『民族間の不和を煽った』罪がそこに加わった」
本日、ハッサン・バイエフ医師が来日し、東京・春日で記者会見を行いました。取材に入ってくださったのは、読売新聞、朝日新聞、信濃毎日新聞、時事通信、あけぼの編集部、ロシア語通訳の方々です。以下に記者会見の内容をお伝えします。
「まず私の招聘に携わってくださった実行委員の方々に感謝を申し上げたいと思います。日本を訪れてから約一年が経ったわけですが、その一年間で大きな変化が起こっています。日本を前回出国してから医学にまた戻ったといいますか、できる限り医療の世界に戻るための活動を行ってきました。やはり戦争というのは、戦争そのものだけでも悲惨なものですが、それがもたらす惨禍をどうにかしたいと思ったからです」
国境なき医師団(MSF)が、2007年を通じて世界で最も注目を浴びず、報道されることの少なかった人道的危機ワースト10のリストを発表しました。チェチェンは2000年から8年連続でランクイン。つまり、もう8年以上もの間、世界の関心の外側に置かれ続けているわけで、本当にやりきれなくなります。
「今回取り上げた国・地域や背景が、アメリカ3大テレビネットワークの毎晩のニュース番組で取り上げられた時間は、2007年1月から11月までを合計しても、わずか18分間にすぎませんでした。中でもチェチェン、スリランカ、中央アフリカ共和国についての報道は皆無でした」
チェチェンの他には、ビルマ(ミャンマー)やコロンビア、コンゴ民主共和国、ジンバブエ、スリランカ、ソマリア、中央アフリカ共和国などが「2007年10の最も報じられなかった人道的危機」に選ばれています。
「北コーカサス地方のチェチェン共和国において、ロシア政府と反政府勢力の間で起きた最も激しい戦闘が収束してから4年近くが過ぎた。近隣のイングーシ、ダゲスタンの両共和国へ避難した数十万もの国内避難民はチェチェンに帰還している」
「拉致、消息不明、暗殺、爆撃がイングーシ、北オセチア、ダゲスタンの各共和国で続いている。チェチェン国内では、一般市民にとって治安状況は現在でも不安定である。危険は、散発する銃撃戦に巻き込まれることから重装備の軍用車両による交通事故にまでわたり、最近では後者が外傷を負う原因となることが多い」
「基礎医療、特に産科と婦人科の医療が非常に不足しており、たとえ医療が提供できる場合でも、帰還して貧困にあえぐ多くの人びとの手には届かない。グロズヌイ市内や周辺の診療所で、国境なき医師団(MSF)と現地のチェチェン人医師は、これらの地域に住む人びとに肺、腎臓、循環器疾患などの慢性疾患が高い確率で見られるのを目の当たりにしている」
1月31日、戦場のチェチェン人医師、ハッサン・バイエフ氏が再来日し、東京・春日で記者会見を開きます。バイエフ氏は3月いっぱいまで日本に滞在し、日本の形成外科医療の現場を見学するとともに、チェチェンの最新状況を伝える報告会を全国各地で行います。記者会見では、チェチェンから帰国したばかりのバイエフ氏が、医療危機に直面する現地の子どもたちの様子を報告します。R.カディロフ政権下のチェチェンで、今、何が起こっているのか?報道関係者の方はぜひご参加ください。
日時:2008年1月31日 午後3時
場所:文京シビックセンター4F 会議室B
予約:参加を希望される方はbaiev*zau.att.ne.jp(ハッサン・バイエフを呼ぶ会)までメールにてご連絡ください(「*」を半角@に置き換えてください)。
(1963−)外科医、柔道家。チェチェンの首都グロズヌイ郊外、アルハン・カラ生まれ。1977年ソ連邦ジュニア柔道大会で優勝し、以後多くの柔道大会にて金メダルを獲得。1985年クラスノヤルスク医科大学卒業。1988年チェチェンに帰国し、首都グロズヌイにて形成外科医として医務につく。1994年ロシア−チェチェン戦争の勃発とともに、野戦外科医として活躍。敵味方を区別しない医療活動のために、ロシア連邦軍とチェチェン過激派双方から命を狙われる。2000年米国へ亡命、同年11月米国NGOヒューマンライツ・ウォッチから「2000年人権監視者」の栄誉を受ける。著書に「誓い チェチェンの戦火を生きたひとりの医師の物語」(2004年アスペクト刊)がある。
・・・監督がいう「告発」は、1998年、リトビネンコたちが、暗殺と収賄が日常化していたFSB内部の腐敗を暴露する記者会見と、それに先立ち撮影したインタビューのビデオをさす。インタビューには、後に袂をわかった上司のグサクも同席していた。
「98年のあと、サーシャ(※リトビネンコの愛称)を除いて、あの場に居合わせたものたちは、自分が語ったことを否定していきます。サーシャひとりが、組織に対する告発を正しかったと、立場を曲げなかったわけです。あの会見に参加して、誰も得をした者はいなかった。経済的なことはもちろん、ロシア国内では、モラルの面でも彼らは非難を受けたわけです。だから、グサクにしてみれば、自分のいまの立場を正しいものと捉えている」
「恐ろしいのは、ロシアの人たちがこの映画を見たとき、グサクの考えに同感してしまうことです。たぶん、彼がいちばんマイナスに見られたとしても、サーシャによってだまされた、愚かな犠牲者として見られることでしょう。多くは、チェチェン戦争を戦い抜いたヒーローとして彼を見、臆病者のリトビネンコとは違うのだと見るでしょうね」
「発言を撤回した人たちのことを、サーシャは、『戦車の前に立ちはだかって、戦車に轢かれた兵士』に例えていました。彼らが臆病だから、発言を撤回したのではなく、国が彼らを押し潰したのだと」[日経ビジネス 1/17,18]
Iさんからいただいた情報です。カナダのトロントで難民申請中のロシア人ジャーナリスト、アレクサンドル・コピロフ氏が、1月23日(水)にもロシアに強制送還されようとしています。コピロフ記者は、プーチン政権を直接的に批判し、多くの政治活動に参加してきたため、ロシアに強制送還されれば、ほぼ確実に人権侵害にさらされ、最悪の場合は暗殺される危険性もあります。
以下に、トロントの執行当局にコピロフ記者の強制送還の停止を求めるオンライン署名があります。下の"Click Here to Sign Petition"というボタンを押して、"Name"(名前)と"Email Address"(メールアドレス)を入れて、"Preview Your Signature"(署名を確認する)→"Approve Signature"(署名を送る)というボタンを押してください。
http://www.petitiononline.com/kopylov/petition.html
署名自体は30秒もかかりません。どうかみなさまのご協力をお願いします。
本日発売の『週刊プレイボーイ』に掲載された、青森県・六ヶ所村の核燃料再処理工場についての記事を紹介します。著者はフリー・ジャーナリストの稲垣收さんです。写真が多く、とてもわかりやすい記事なので、ぜひ本屋やコンビニでお手に取ってみてください。
チェチェン戦争がこれほどまで長引いている理由の一つは、ロシアがチェチェンの石油とパイプラインを自国の支配下に置いておきたいからだと思うのですが、石油に代わるエネルギーが原子力だとすれば、人の命はどこまでいっても軽く扱われてしまう気がします。(邦枝)
静かな湖沼と森に囲まれた青森県六ヶ所村。ここには今、世界でも類を見ないほど多くの核関連施設が集まっている。ウラン濃縮工場、使用済み核燃料再処理工場、MOX(ウラン・プルトニウム混合酸化物)燃料工場、高レベル放射性廃棄物貯蔵管理センター、さらに隣村にも原発が2基。
なかでも市民グループや有識者が最も懸念しているのが、2月から本格稼動予定の核燃料再処理工場だ・・・
つづきを読む
関連サイト:ストップロッカショ.jp
関連サイト:『六ヶ所村ラプソディー』〜オフィシャルブログ
最近、友人から質問を受けました。「プーチン大統領のロシアでの支持率は8割、プーチン政権下でロシアの経済は花盛り、ロシア国民に大国のプライドを取り戻させた指導者だから人気が高いとCBSドキュメントでやってたけど、ホント?日本では、プーチン政権 は問題点が色々あって独裁的、みたいな情報をよく耳にするので、そんなに人気があるなんて知らなかった。その番組では、『国民の関心は経済の安定にあって言論の自由にはない』とも言ってたし」というものです。
年末のTIME誌でもプーチンは「今年の人物」(Person of the Year)に選ばれましたね。(その表紙には「ウラジーミル・プーチン、新ロシアの皇帝」という文字もありましたが……)
たしかにプーチン大統領はロシアで人気があります。しかし、それはちょっと普通の民主主義国家で政府のトップが人気がある、人望があるというのとは、かなり違った原因があります。順番に見ていきましょう。
稲垣 收(フリー・ジャーナリスト)
N社のTさんとみなさまからいただいた記事を紹介します。いつも本当にありがとうございます。
まずは、ポリトコフスカヤの書評から。(邦枝)
「本書は、現代ロシアの多様な問題を取り上げているが、ハイライトはやはり、この『対テロ作戦』の犠牲者や遺族への取材、、それを踏まえた加害者・当局者との対決インタビューだ。彼女以外の主要メディアや司法は、巻き添えや報復を恐れ、沈黙するか当局に迎合している」
「04年9月の学校人質事件の後、モスクワでおこなわれたテロとチェチェン『戦争』反対集会では、彼女もマイクを握った。『チェチェンでの戦争がテロを生み、対テロ作戦がまたテロを生んでいます。戦争をやめさせるかどうかは、ここにいる私たちにかかっています』と。この日のことも(自らの発言を除き)本書には出ている」
『ロシアン・ダイアリー』はプーチン大統領の政策を批判したジャーナリストの遺作。
「やっぱりこういう世界ってあって、それはロシアだけじゃないだろうと。金大中事件の際に日韓両政府がどう動いたのかを明かした『金大中事件の政治決着』や、警察の捜査の問題点に焦点を当てた『秋田連続児童殺害事件』などとも、通じるものがあります」
次は11月18日に水戸で開催されたアムネスティ集会の報告を。ビルマ(ミャンマー)の最新情報については、ビルマ情報ネットワークをご覧ください。
「(ティン・ウィンさんは)日本のODAによりミャンマーには病院や看護学校などが建設されたが、利用できるのは軍関係者だけといい、「日本がODAを出しても、貧しい国民に行き渡らない。日本政府は軍事政権の話に耳を傾けず、ODAをやめてほしい」と強調。『軍事政権を批判するよう日本政府に呼び掛けてほしい』と訴えた」
「また、ティン・ウィンさんの講演に先立ち、ノンフィクションライターの林克明さんが講演。林さんは、チェチェン戦争などを取材していたロシア人女性記者、アンナ・ポリトコフスカヤさんが暗殺された事件の背景やロシア情勢について解説した」
公開中の『暗殺・リトビネンコ事件』の解説も。
「映画『暗殺・リトビネンコ事件』は、ロシアのアンドレイ・ネクラーソフ監督が、英国に亡命中のロシアの政商を通して会ったリトビネンコ氏を5年にわたり取材したドキュメンタリーだ。彼はインタビューに対し、自らの行為を『反乱だ。まさに反乱』と表現した」
「監督自身、あとをつけられたりフィンランドの別荘が荒らされた。『その気になれば何でもできるという警告で、心理的に圧迫されました』」
「『やらなければならないことを霊感で感じとったら、それに向かって突進する。タルコフスキーから受けた一番の影響は、信念です』」
プーチンが大統領後継者に指名したメドベージェフは、一般に「リベラル」派と見なされているようですが、いったい誰と比べられているのでしょうか(やっぱりプーチンですか)?そして、大統領任期満了後に首相に就任する意向を示しているプーチンには、こんな姑息な裏ワザもあるらしい?
「ガスプロムも、メドベージェフ会長の下でかなり手荒なことをやってきた。たとえば昨年、巨大石油・天然ガス開発プロジェクト『サハリン2』でのガスプロムの権益を増やすよう契約内容を変更するために、環境問題を理由に国際石油大手ロイヤル・ダッチ・シェルに圧力をかけた」
「プーチンには、ロシアと隣国ベラルーシの連邦国家を建設するという手もある。新しい国家を樹立して新しい憲法と新しい大統領を設ければ、プーチンはロシア憲法に違反せずに大統領になれる」
「プーチンは12月14日、ベラルーシの首都ミンスクを訪れてルカシェンコと会談した。ベラルーシの野党系ウェブサイトによれば、プーチンが連邦大統領、ルカシェンコが連邦議会議長に就任することを前提に、新連邦国家の憲法草案が作成されているという」
12月の下院選で圧勝した与党「統一ロシア」の青年組織「若き親衛隊」が、チェスの元世界王者ガルリ・カスパロフらを標的に射撃ゲームをしているという不気味なニュースも。「過激主義防止法」の変遷は、共謀罪成立後の日本の社会を彷彿とさせる気がします。
「『若き親衛隊』は、約7万人の巨大組織だ。同組織の極東ウラジオストク支部では10月、若者らの選挙研修会で、カスパロフ氏らを標的に見立てた射撃ゲームまで行っていたようだ」
「02年成立の『過激主義防止法』はテロ阻止を目的としていたが、その後の改正で、大統領批判を封じ込める『野党取締法』に変容しつつある。選挙前、カスパロフ氏が逮捕され、5日間拘置された際の理由は『無許可デモの煽動』だった」
12月の下院選を世界はどう見るのでしょうか?日経新聞で紹介された海外三紙の社説はこちら。
「ロシア以外でなら真に民主的とみなされる価値観を主張する少数党はあたかも国家への脅威であるかのように活動を妨害された」[英フィナンシャル・タイムズ社説 11/27]
「ロシアでは、民主主義を育成するどころではなくプーチン氏はその根を絶やそうとしている」[英オブザーバー社説 12/2]
「プーチン氏は下院選挙の国際監視団引き揚げを求めたとして米国を非難したが、選挙プロセスから法的正当性を排除したのは同氏自身である。二〇〇八年の大統領選挙ではさらにひどくなるだろう」[米ニューヨーク・タイムズ社説 11/27]
『暗殺 リトビネンコ事件』のレビューと監督へのインタビュー記事を紹介します。書き手は林克明さん。お近くにお住まいの方は、ぜひ記事をご覧になり、そして渋谷ユーロスペースに足をお運びください。
2006年11月23日、ロンドンでひとりの男が殺された。アレクサンドル・リトビネンコというロシアの秘密警察(KGB)の元職員である。この名前を聞いてピンとこなくても、テレビ画面に映された、あの異様な映像を記憶している人は多いだろう。
手術室で医者が着るような緑がかった服(病衣とでも表現したほうがいいのだろうか)を着た男がベッドに横たわっている。すっかり髪が抜けてつるつるになり、薄い眉毛で苦しそうなまなざしだ。はだけた胸には何本もチューブが付けられている。彼の死の直前のようすだ。
元ロシアの“スパイ”であるリトビネンコが、亡命先のロンドンで、製造も入手も困難な「ポロニウム210」という放射性物質を盛られて暗殺されたのだ。
スパイ映画がそのまま現実世界というスクリーンに投影されたかのような事実は世界中を震撼させ た。暗殺の5年前からリトビネンコに密着して数百時間インタビューし、その死に至るまでの映像を納めたドキュメンタリー映画『暗殺 リトビネンコ事件』が完成し、東京渋谷の「ユーロスペース」で公開されている。[MyNewsJapan 1/1]