チェチェン総合情報
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ごあいさつ: お待たせしました!5月7日のイベントの成果を出発点に、新生「いつかチェチェンで会いましょう」実行委員会ブログが立ち上がりました!チェチェンに春が訪れるまで、このブログ上でおおいに語り合いましょう。
なぜチェチェンで、ロシア軍が身代金を狙った誘拐事件や、財産の略奪を続けるかというと、要はこういうことのようです。この記事はぜひご一読を!「「戦場勤務での高給」は空手形、兵器の部品購入は兵士の自腹――。ロシア紙トルードは、好待遇の誘い文句につられ志願したチェチェン戦線の露軍精鋭部隊で、全く逆の非人間的待遇を受けた、と告発する兵士たちの証言を伝えた。事実なら、“ペテンまがい”の手法の志願兵集めが横行していることになる」・・・だからって、やっていいことといけないことがあるわけですが。問題の第42師団以外にも、規律の低い部隊は多く駐留しているようです。くわしくは「イングーシの辺境から」をどうぞ。
親ロシア派(傀儡政権)の思惑と、チェチェンを見捨て、沈黙を守る国際社会。「ロシアは、マスハードフを殺害することで独立派の息の根を止められると思ったが、これによってチェチニアの解放と真の独立は、決定的に早められてしまった」と、チェチェンの歴史家は語る―――。岡田一男氏のレポート。
マスハードフ殺害については、様々な説が流された。カディーロフ部隊による殺害説、側近の銃器取り扱いの不手際による銃器暴発、降伏を拒んで部下に射殺されたなどなど。独立派内部の状況と指導体制を考察する。岡田一男氏のレポート。
ニュース投稿用にウェブログを開始しました。
5月7日に東京・青山で行われた集会では、日本における難民サポーターの周さんとチェチェン問題の取材を続ける常岡さんから、日本とチェチェンをつなぐ難民問題についてお話を伺った。参加者は53名。
1997年の5月、チェチェンのマスハドフ大統領のイニシアチブにより、 チェチェンとロシアの永久の平和を謳った条約が交わされました。 両国のいかなる紛争も、平和的な手段によって解決されることを確認した、重要な条約です。 ロシア連邦大統領が署名した外交文書として、現在も有効です。
チェチェンとロシアの紛争を知ってもらおうというイベントが熊本市で開かれた。これは熊本在住の作家、姜 信子さんたちが開いたもので、7日は約300人が参加した。東京の写真家本橋誠一さんが撮影したチェチェンでの人々の暮らしぶりをスライドで見たあと高校生も参加しての座談会が開かれた... リアルプレイヤーで再生
参加者53名。詳しい報告は、しばしお待ちを。集会資料はこちら。
チェチェン平和運動の創始者、日本山妙法寺の寺沢潤世師を、ウクライナ当局が 国境で追い返してしまいました。これについてはChechenwatchの記事をどうぞ。今、声明文を用意しています。
もうすぐ5月9日、ロシアの対独戦勝記念日です。各国の首脳がモスクワに集まる中、 祝賀の空気に浸るより、何かが起こってしまうことへの不安を抱く人の方が多いのではないかと思います。 ことに、このサイトを見に来るような人々なら。 去年のこの日は、親ロシア派のカディロフ「大統領」が爆殺されました。 不吉な記念日のクロニクルは、 モスクワ劇場占拠事件はロシアの挑発だったをご一読ください。 名もなく、政府の高官とは縁遠い人であるほど危険だと思います。 ちょうど、カスピスクの人々や、ベスランの子どもたちが命を失ったように。 誰もが、それぞれの思惑で、 事前の周知に余念がありません。
日本に来て1年がたちました。しばらくみなさんにおたよりできなかったので、この1年をふりかえって自分が考えてきたことをお話ししたいとおもいます。この1年で、私の日本の生活のイメージは何回も変わりました。最初は楽だった。よくみんなで遊んだり、バーベキューに行ったりしましたから。...日本ではいろいろな大きい問題があります。たとえば毎年自分を殺す人が3万人いるとききました。それも日本の生活の問題だと思います。それはほんとうにとても大切な問題なので、自分でもそうする人が少なくなるためにどうしたらいいか考えましたが、やはりreligion(宗教)が日本でも必要だと思います。
何人かの友人から「やってるよ」と聞いていた、 イギリスの写真家グリーンの展覧会はとっくに終わってしまいましたが、今後紹介していきたいので、 とりあえず各種情報をリンクします。まず「ことしゃんのページ」ではこのように紹介 しています。BBCが記事にしていたのですね。「チェチェンは汚い小さな紛争でとても浅ましくて残虐行為が原始的で、ジャーナリストやエイドワーカー達はひとたび足を踏み入れると永久にその汚れに染まってしまう」・・・ほんとうにそうだと思う。nofrillsさんのところでも紹介している。 チェチェン戦争を追いつづけるグリーンは、 ファッション写真を専門に撮影していただけあって、 フレーミングやテクスチュアへのこだわりがあるのだろう。垢抜けた写真を撮る。 こういう作り手を、もっと紹介していきたい。 写真はBBCのサイトで見ることができる。 上の写真は、子どもを失ったチェチェンの女性、ゼリナ。
いつもご支援いただきありがとうございます。昨年度の報告をします。
大使、和平提案への答えがマスハドフ大統領の殺害だったことを、私は翌日の夜明け前に、ラジオのニュースで知りました。その時の驚き、そして憤りは、今でも私の中に響いて止みません。・・・心から忠告します。チェチェンへの攻撃と、マスハドフ大統領の殺害をめぐって、世界がロシア政府への批判を止めることはないでしょう。しかし今、その遺体を遺族に返還するならば、世界はこの行為を、歴史への洞察に裏打ちされた決断と理解するに違いありません。
3月29日、148名の方々からご賛同いただいた声明文を、ロシア大使館へ送付しました。ロシア語版も、チェチェン側各通信社にあてて送付され、インターネット通信社カフカス・センターでは『日本人たちがマスハードフ殺害を厳しく糾弾している』とのタイトルで掲載されました。その後、西側寄りのチェチェンタイムス、チェチェンプレスなどには英語版が掲載され、主なチェチェン側サイトのすべてが声明を紹介したことになります・・・
『なぜチェチェン軍はダゲスタン共和国へ侵攻したのでしょうか? 私にはチェチェンの侵略に対して、ロシアが防衛戦を行ったように感じます』
99年のダゲスタン侵攻について、質問を受けました。 まだ不十分ではありますが、問答を公開します。
下記のNHKの番組ですが、BS2ではなくBS1でした。 お詫びして訂正します。手遅れなのですが。ご迷惑をおかけしました。
チェチェンニュースです。まだ見ていないので、内容と質については何とも言えないのですが、
ご覧になって、良い番組だと思われた場合は「すばらしい」という声を、
そうでなかった場合はご意見や批判を、電話やメールでNHKに送ってください。
いずれにしても参考になるかと思います。
4月14日(木) BS2 番組表
後 06:10 BSドキュメンタリー
▲「大惨劇の三日間〜ロシア学校占拠テロ」
後 07:10 世界潮流2005
▲「ロシアはどう動く〜プーチン大統領の世界戦略」
法政大学教授…下斗米伸夫/
日本政策投資銀行上席主任研究員…河東 哲夫/
【司会】石川 一洋
意見の送付先
メールを送る:
https://www.nhk.or.jp/plaza/mail/form_program.html
(番組名をかならず入力してください)
コールセンター:0570-066066
なお、editor@chechennews.orgあてにおなじ内容をお送りいただければ、チェチェン総合情報でご紹介します。
民警特別部隊(OMON)警官のセルゲイ・ ラピンは、26歳のゼリムカン・ムルダロフがグロズヌイで2001年1月2日に拘禁され、「失踪」 し、拷問された事件に関与していた。2005年3月29日の判決で、 ラピンは厳戒刑務所での11年の禁固刑となった。ロシア連邦軍の治安要員が、チェ チェンの民間人に対する人権侵害の罪で裁かれるのは、今回が初めて。
3月24日の共同声明は、29日にロシア大使館に送付しました。 140名の方から賛同をいただきました。ありがとうございます。 寄せられたメッセージを公開します。追加あり。4/8
ロシア側によってマスハドフが殺害されてから2週間。 24日に開催された対話集会では4人の報告者がマスハドフの人物像やチェチェンの情勢を解説し、参加者と語り合った。 ロシアとの和平交渉を一貫して訴え続けてきた一人のチェチェン人の死が何を意味するのか、ここでもう一度考えてみたい。
・・・私たちはこの殺害による情勢の悪化を憂慮するとともに、アスラン・マスハードフの遺族、未亡人となったクサーマ、息子のアンゾル、娘のファティマに対して、そしてアスランを大統領として選び、彼とともに生きたすべてのチェチェン人に対し深甚な哀悼の意を表します。
今こそ、チェチェン問題を、私たちの問題として捉え、無関心を乗り越えましょう。そして、国際社会の介入による、チェチェン戦争の解決を訴え、行動していきましょう。
24日の集会での配布資料を公開します。
HTML版: アスラン・マスハードフの親しき者たちと、その死を悼む(エレーナ・ボンネル)/ プーチン大統領へのメッセージ(ロシア知識人たちから)/ 共同声明「今こそ、無関心を乗り越えて」/ ロシア連邦とイチケリア・チェチェン共和国の平和と相互関係に関する条約/ チェチェンにおける平和への道(ロンドンメモランダム)
それらを一括したPDF版(331KB) これが手取早いかと。
アムネスティ・インターナショナルは、本日発表されたチェチェン共和国の6つ の事件に関するヨーロッパ人権裁判所の判決を歓迎する。同裁判所は、これ らの事件で、ロシア連邦が、チェチェンの武力紛争下において民間人の生命 に対する基本的権利を侵害したと判決した。
マスハドフの死因については、今のところ連邦側の発表しかなく、 その情報は不十分だ。ノーバヤ・ガゼータ紙には同士討ち説が掲載された。
マスハドフはどうして殺されたのか? 紛争を平和的に解決するつもりならマスハドフを殺すべきではなかったし、 武力で解決するならバサーエフを殺すべきだった。 マスハドフの殺害より、バサーエフの生存のほうが興味深い事実かもしれない。
新潟での映画上映会のお知らせ。 チェチェンの青年ティムールが作ったアニメ「春になったら」と、 プリスターフキンの小説「コーカサスの金色の雲」の映画版、 「金色の雲は宿った」が、同時上映されます。 当日はティムールも交え、ロシア・チェチェン問題の解説もつきます。
東京・木場のUSA LIVE PUB IFにて、チェチェン難民支援のためのチャリティーライブも行われます。 「タノシイウツワの会VOL.2」。 こんなイメージではないかと。
ぜひ足をお運びください。
モスクワニュースなどの報道によると、 3月8日、チェチェン独立派の大統領アスラン・マスハドフがロシア連邦保安局(FSB)の掃討作戦により殺害されました (人物情報)。在欧のスポークスマン、ザカーエフ文化相もこれを確認。 暗殺は以前から憂慮されていたことですが、とうとうこの日がきたという感想です。
このことの背景には、マスハドフが2月にチェチェン側からの一方的停戦をおこなったこと、 つい数日前にもプーチン大統領に対する 和平交渉のシグナルを送ったことが挙げられます。
マスハドフが和平を提案しつづけ、一方的停戦によって一定のの指導力を示したことで、 戦争の継続をのぞむロシア治安機関にとって、マスハドフの「脅威」は高まりました。 その結果このような事態になったものと思われます。
民主的に選挙されたチェチェンの指導者との、交渉による平和の可能性が消えました。 この死は、チェチェン紛争をさらに混乱させることでしょう。まがりなりにも存在した、一つの時代の終わりを感じます。(富)
■いきなりまとめ:
チェチェン関連の動き。まず、先月来のチェチェン側からの一方的停戦期間が22日に終了しました。 結局、ロシア政府側は何の行動にも出ませんでしたが、ロシアの市民社会からは、和平への行動が出始めています。 ロンドンでは、ザカーエフ・チェチェン独立派文化相とロシアのNGO、「兵士の母親委員会」の協議が持たれました。
米露首脳会談が2月24日にスロバキアのブラチスラバで開かれましたが、チェチェン問題についての進展はないようです。
うかつにチェチェン問題を出すと、イラクのアルグレイブでの拷問問題を切り返されそうだからでしょうか。
ロシア連邦も加盟する欧州人権裁判所で、チェチェン戦争によるチェチェンの民間人の被害が、 ロシア軍の攻撃によるものだとして、賠償を命じる判決が下りました。これは5年前の第二次チェチェン戦争開戦当時の 民間人殺害に関する数件の訴訟でしたが、今後同様の訴えが人権裁判所に殺到すると思われます。 今回の判決にロシア側が控訴するかどうかはまだわかりません。(写真は田川実(在モスクワ記者)撮影)
昨年2月にカタールで、チェチェン独立派の政治家ゼレムハ・ヤンダルビエフが、ロシア人工作員に暗殺されました。 このロシア人工作員2名はカタールで有罪を宣告されましたが、カタールとロシアの取引の結果、 有罪のまま刑期をロシアの刑務所で送るために、ロシア大統領専用機で帰国しましたが、 ロシア刑務所庁の長官が「いまどこにいるかわかりません」とコメントし、行方はようとして知れません。 ヤンダルビエフは、ドゥダーエフと並び、チェチェンの大統領(独立派)経験者で二人目の暗殺犠牲者となりました。 2003年に暗殺された親ロシア派のカディロフも合わせると三人目です。(CN編集)
『部落解放』3月号の巻頭コラム「水平線」に、 「チェチェンで何が起きているか−学校占拠事件の背景」を書きました。
いまさら何を、と自分でも思いますが、 マスハドフのコメルサント紙でのインタビュー(2月7日)を訳しました。停戦期限は昨日で終結したわけですが、 プーチン大統領はあいかわらず 「ロシアは北コーカサス地方のイスラム革新派との戦いにおいて、より強硬な姿勢をとる必要がある」(ロイター、22日) と言っています。停戦と和平の提案を断っておいて? 誰かはわかりませんが「独立派は休戦を順守していない」という発言も。 誰にそんなことを言う資格があるのか・・・。
総括すると、チェチェンは 平和のための努力をし、ロシアはまたも拒絶したという理解をしてよいと思います。 「チェチェンが平和の努力をしている?テロじゃなくて?」そういう感想を持つ人も多いかもしれません。 報道がなにもないというのは怖いことです。
2月23日は、チェチェン・イングーシ民族の強制移住の61年目の記念日。 ロシア側からすると、赤軍記念日です。またしてもひどい事件が起こらないことを、祈ります。 強制移住については、 「貨車の中でのインタビュー」1、 2という記事があります。
ザカーエフ(チェチェン共和国文化相・独立派、写真)は、プーチンとブッシュを呼び捨てにし、 やや檄文調の原稿をインターナショナル・ヘラルド・トリビューンへ寄稿した。 停戦期間が刻一刻と過ぎていく中、世界はまだチェチェンの平和アピールを無視しつづけている。 原文はIHT。 停戦に関する情報はチェチェンニュースを。
12日の渋谷での集会は大盛況だったが、反省点も多い。 今後もっとよい集会にするには・・・
12日の夜は、東京渋谷の東京ウィメンズプラザで行なわれた 「チェチェンで何が起こっているのか」にご参加いただいた方々に御礼申し上げます。 連休の真中の日で、しかも夜。加えて「チェチェン」というマ地味なテーマにもかかわらず。 めずらしく私は反省しています。かなり誤解を生む報告内容になってしまったからです・・・
ニュースで宣伝を繰り返した結果、 「よっぽど人が集まってないのかと思ってさ」と気を使って来場してくれた方あり。 結果は資料が足りなくなるほどの盛況。みなさんありがとう。 劣悪な映像条件、後ろの席からは見えない報告者、 いつもどおり混乱してました。今後のための、 反省材料を集めています。 ご意見は こちらまで。
マスハドフの一方的停戦に対して、 プーチン政権が、その微妙な立場も含めて「沈黙」を守らざるを得ないとすれば、 今、チェチェン独立派側は「平和攻勢」をかけるべきタイミングにいる。 断言してみるが、自信はない。チェチェンニュース最新号。
朝からたてつづけに9人の女性から電話が入った。声を聞く限り、その全員が20代のようだ。 9日付けの東京新聞に載った、「チェチェンで何が起こっているのか」の講演会の記事への問い合わせである。 妊娠9ヶ月の妻がロシア軍人に強姦されたチェチェン人のことを記者に話したら、彼はそのチェチェン人男性のことを記事にしてくれたのだ。 そういえば、チェチェン難民のビデオ 『春になったら』を購入してくれた女性からメールがあった。 「こんなことが現実に起きているのに驚きました。地元で上映会を開きたいのですが、 よろしいですか。よければビデオのチラシも送ってください」と・・・ (林克明)続きを読む
マスハドフの停戦命令は、バサーエフ指揮下の部隊も含めて実行されたものの、 2月3日のチャンネル4でのバサーエフのインタビュー内容が、 「今後もテロを続ける」というものだったために、 平和的なメッセージの意味が混乱ないし半減する結果になった。 しかも、停戦期限の2月22日の翌日は、チェチェン民族強制移住記念日。 このことは何を意味するのか。 参考: 「情報錯綜から何を読み取るか」 x
イギリスのチャンネル4にバサーエフのビデオが放送されたそうです。 日本語の記事は毎日新聞で簡単に。 もともとの番組はチャンネル4へ どうぞ。記事で読む限り、ありがちな内容だと思います。情報の読み方としては、 バサーエフの人物情報と、 最近の ベスラン事件にロシア高官関与の記事の行間を読んでいただければと。
Channel4の採録。訳を手直し。ウィルトシャーからのヘルプに感謝。
絶版になっていた第一次チェチェン戦争の体験ルポ「カフカスの小さな国 チェ チェン独立運動始末」が、PCで読めるようになりました(有料)。これを機に近い将来通常の かたちの出版で復刊できるように努力したいと思います。 興味のある方はこちらをクリックしてください。(林克明)
1月12日午後2時、イングーシ共和国ナズラン市にある 「非政府組織評議会」の情報センターオフィスに、 自動小銃と機関銃を手にした、覆面に戦闘服の数名が押し入ってきた。 取調官はイングーシ共和国担当のロシア連邦保安局職員のキリール・シュヴェドフだった。 センター長のタイーサ・イサーエヴァが説明を求めると、シュヴェードフは以下のように答えた。 「この住居にならず者集団がいるという情報が入ったのだ」と。
基礎資料の一つとして。
常岡浩介さん釈放、スマトラ地震津波災害救援カンパなど。
テロには必ず原因があり、テロをなくすためには、その原因を取り除かなければならない。 ロシア・チェチェンの関係では、ロシアによるチェチェン人への大規模な国家テロが根源にある。 もし仮に、岩手県くらいの範囲内で、北オセチアで起きたようなテロが10年間に400回も500回も発生したら、 そしてあなたがそこに住んでいるとしたら、どう感じるだろう。 条件が揃ってしまえば、誰もがテロリストになりうる。 一方で、報道を武器に立ち上がる女たちもいる。(写真と文:林克明)
「カノ、お伝えしたいことがあります。アゼルバイジャンに住むチェチェン人難民が数人、 正月明けにも、ハンガーストライキをする予定です。できれば、この情報を広めてください。私達には支援が必要なのです。 日本からの支援を喜んでお受けします」 ・・・名もないチェチェンの難民たちは、何を思って新年を迎えるのか。 ジャーナリストのもとに届いた切ないメール。(写真と文:山口花能)
チェチェンニュースのアドレスをかたってメール(添付ファイルつき)が届いたという報告がありました。前ぶれなく添付ファイルを送ったり、攻撃的な文面をお送りすることはありません。あやしいメールは即、削除してください。